「次はさぁ、俺、コスモスがいいなぁ」

ティーダが呟いた一言に、セフィロスは一瞬だけ目を向けて直ぐに興味無さげに反らした。ここでは誰もが自分の宿敵以外に興味を示さない。

「コスモスの奴らはさ、覚えてないんだろ。なら俺、次はコスモスがいい」

ボールを高く放り投げる。真上に上がったボールは寸分違わず広げたティーダの手の中に落ちた。もう一度投げて、今度は額の上に落下。二度三度と跳ねさせていれば、目線は遠くを捉えたままのセフィロスが低く言葉を発した。

「忘れたいか」

セフィロスは時折、人格者であるかのように振る舞った。それは決まってクラウドが傍にいない時で、ティーダはそれを少しだけ惜しいと思っていた。英雄の名に相応しいその態度ならば、きっとクラウドも話くらい聞いてくれるだろうに。

「忘れたい」

果てしなく続く神々の代理戦争。勝利を収める度に振り出しに戻されるのはもう疲れてしまった。

「コスモスの奴らはさ、覚えて無いんだろ?」
「らしいな」
「ま、覚えて無いからあんだけ惨敗しといて平気で挑んで来るんだろうけどさ」
「そのような存在になりたいのか?」

セフィロスの問い掛けを鼻で笑う。なりたいかって?なりたいに決まってる。英雄らしからぬ愚問だ。

「なりたいさ。なりたい。コスモスの戦士になりたい」

ティーダは腕の中にあるボールをじっと見つめた。歪な形のボールは、ツルリと光を反射している。爽やかな色合いが、混沌の自分には不釣り合いな気がした。

「だって、あいつらは勝てば終わるんだろう」

ボソリと呟いたティーダに珍しく興味を引かれたのか、セフィロスはもう一度ティーダに視線を向けた。
その瞳をティーダは見返さない。ただ、自分と父親を繋ぐ唯一の絆にも似たボールを見つめ続ける。

「俺達は勝ってもまた最初からだ。でもあいつらは勝ったら終わり。負けたって全部忘れる。いつだって一回目だ」

ずるい。
ティーダの口から洩れ出た本音が、闇に霧散する。それを見送るように空を見て、セフィロスはまた視線をティーダに戻す。
ティーダの言うあいつらというのが、コスモスの戦士達では無く父親一人を指す事に気付いてはいたが、口には出さなかった。それを指摘しても何が変わる訳では無い。ティーダは相変わらず混沌の戦士だし、ジェクトはまた戦いの記憶を失う。
次に会った時、ジェクトは再び言うのだ。

「こんな所で何してるって、あんた倒してんだっつーのな。前も、その前も、それより前も、ずっと。あんた倒してんだよ、俺は。あんたが勝つまで、あんたを倒すのが仕事だってのに」

足元に突き刺した剣で、何度父親を傷付けたか分からない。しかし剣は血に濡れた事など無いかのように美しく、父親の体に付けた傷は跡形も無く消える。
繰り返す邂逅に、ティーダは心底疲れていた。

「消滅させてしまえばいい」
「え?」
「もう二度と会いたくないなら、復活も望めない程に」

セフィロスはそうしてきた。因縁深い相手は自軍におり、敵はいつでも本当に戦いたい相手では無かった。だから、必ず消滅させた。次の戦いの為に。
ティーダは思いもよらない提案に一瞬惑い、視線をさ迷わせた。そうしてようやくセフィロスが自分を見ていた事に気付く。薄い色の目からは何の感情も読み取れない。

「それは…嫌だ。会えない方が、繰り返すよりもずっと嫌だ」
「そうだな」

ティーダが見上げても、もうセフィロスは前を向いてしまっていた。最初と同じく遥か遠くを見ている。その瞳が僅かに揺らいだ気がして、一歩近寄る。
自分の物より大分と大きい手に左手を絡めれば、意外な事に緩く握り返された。

「そこにいて、会えるならばそれで」

そう言ったきり、セフィロスは口を噤む。ティーダも同じように黙り、前方を見詰めた。この地平線の先に、コスモスの戦士が守る聖域はある。
セフィロスは本当に時折、まるで心が有るかのように振る舞った。それは必ずクラウドが傍にいない時で、今もやはりクラウドはいない。ティーダはこの場にクラウドがいない事を、酷く惜しいと思った。

「そろそろだな」
「うん」

夜が明ける。幕が上がる。
眠った者達が全てを忘れて目覚めたら、また勝敗の決められた戦いに臨むのだ。

地平線を睨んだままどちらからともなく手を離し、ティーダとセフィロスは剣を取った。
忘れられても、繰り返しても、会えるならばそれでいい。もしかしたらセフィロスは自分よりももっと沢山諦める事を知っていて、だからクラウドの前でだけ心がある素振りを見せないのだろうか。ティーダはふと思う。だがそうだとしたら、クラウドを諦めてしまったセフィロスも、セフィロスに諦められてしまった事を知らないクラウドも、どちらも悲しい事だ。
だが、ティーダは口には出さない。口に出しても何が変わる訳では無い。自分はカオスで、父はコスモスで、そしてセフィロスとクラウドの視線は交わらないし、この戦いもカオスが勝利する。そう決まっているのだ。何もかも。

聖域に背を向け歩き始める。何度目か知れない戦いが、始まる。





2011/04/24 01:27
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