愛、というものを知らないわけでは無い。よく知っている。17年間平和な場所で育ったのだから、それに触れる機会はいくらでもあった。古い映画の中、クラスメートとの会話、買ったばかりの雑誌、スタジアムの広告。それこそ愛はそこら中に溢れ返っていた。ただ、愛というのはいつだって俺の中では三人称で語られるものだったから、自分にその矢印が向く事態を想像した事も無かったのだ。

優しく髪を梳かれると困る。あまつさえ愛おしげに微笑まれてちゃったりなんかしたら、もっと困る。何それ、俺を一体どうしちゃいたいの。って聞きたくなる。髪から離れた手は頬を包んで、笑みはますます深くなる。なんでこんなに暖かい手をしてるんだ。微笑むセシルは鼻歌でも歌い始めそうな程上機嫌だ。

「ティーダ、愛してる」

どうしていいか分からず、取り敢えず頬にある細くて綺麗な手を握ってみたら、間髪入れずにセシルに言われた。何それ!

「う、うん!」

俺の返事にもセシルは楽しそうに笑い、そっと手が離れていく。少しだけ名残惜しい気がしてその手を追った俺の視線を、セシルの声が引き留めた。

「ほらティーダ、クラウドが呼んでるよ」
「え、あ」
「行っておいで」
「うん!」

指し示された方を見れば、確かにクラウドがいる。名前を呼ばれているのに全く気付かなかった。
慌てて走り出した俺の背に、また後でね、というセシルの声が掛かる。一度だけ振り向いて大きく手を振り、今度こそダッシュでクラウドの元に向かった。



「クラウド!」
「邪魔をして済まないな。この間欲しいと言っていた素材が手に入ったんだ」
「マジっスか!貰ってもいいの?」
「ああ、俺は使わないから。ほら」

手渡された石に、思わずニヤける。中々手に入らず苦労していたのだ。礼を言う為に顔を上げるのを、頭に乗った僅かな重みが邪魔をした。そっと顔を上げれば、やっぱり俺の頭に手を乗せたクラウドが、目を細めて俺を見ていた。その目は子供を見る父親のようで、昔ドラマで見た無償の愛ってやつに似ている気がした。

「クラウド…?」
「どうした」
「あの、いや…あ、ありがとう!」
「ああ」

ゆるゆると頭を撫でた手が頬まで下りる。まただ。さっきのセシルみたいに優しい顔をしたクラウドに、どうしていいか分かん無くなる。そんな目で見られたら、俺溶けちゃうよ。溶けて、空に昇って、海に返ってしまいたくなる。
唐突に、セシルやクラウドの温かい目は、海に似ているのだと気付いた。包まれているような気分だ。
海はゆらゆら揺れればいいけど、そんな目をした人にどんな反応をすればいいかは分からない。だから、俺は大好きなこの目から逃げて海に返りたくなっちゃうんだ、きっと。

「ティーダは可愛いな」

僅かな吐息と共に吐き出された言葉に、顔が熱くなる。見られないように慌てて顔を逸らしたら、離れた所にフリオニールが見えた。フリオニールには悪いけど、言い訳に使わせて貰おう。

「あ、あの、俺、フリオニール!」
「ああ、じゃあまた後でな」
「うん、また、後で…あ、ありがとな、クラウド!」

駆け出した背中に、転ぶなよ、と声が掛かった。そんな子供じゃないと言い返そうかとも思ったけど、赤い顔を見られたくなくて背中越しに手だけを振り返す。正直な所、クラウドやセシルに子供扱いされるのはそんなに嫌じゃ無かった。親父にされるとどうしようもなく苛立ったのに、セシルとクラウドだと背中がむず痒くなるだけだ。そのむず痒さも決して不快じゃない。思わず顔が緩む。
一人でニヤニヤしている恥ずかしさをごまかすように一層スピードを上げて、間近に迫ったフリオニールの背中に飛び付いた。

「フリオニール!!」
「うわぁっ!?な、ティーダ?」
「なーにやってるっスか」
「あ、ああ、斧の持ち手が緩んでしまって…じゃない、危ないだろう!」

ごめんごめんと謝って、フリオニールが左手に持った斧を覗き込む。確かに繋ぎ目がグラついているようだ。補修のためにテントまで道具箱を取りに行くというフリオニールに付いていく事にした。

「しかし、突然どうしたんだ?」
「ん?んーん、別に。フリオニールが見えたから」
「そうか」

ふ、と息をついたフリオニールが、俺を振り向いた。まただ。フリオニールまで、そんな目で俺を見る。包み込むような、優しい、愛しげな、海に似た瞳。

「ティーダ」
「あ、う、うん!」

フリオニールの手が伸びる。大きな手は俺の前髪を払って、そのまま下に降りるとそっと俺の手を握った。

「手を繋ごうか」
「うん」

またフリオニールが笑う。フリオニールの手は暖かい。手を引かれて歩くけど、俺は一体何を話していいのかも分からずに黙っていた。

いつもそうだ。温かくて幸せな気持ち。愛とはこういうものをこそ言うんだろう。愛、というものの事は良く知っている。ただ、愛を向けられるとこんなに幸せだなんて事は知らなかった。だから、俺はどうしていいのか分からない。
皆そうだ。コスモスの仲間達は皆その愛というものを俺に向ける。親のように、兄弟のように、親友のように。困ってしまう。だって俺はそれに何を返したらいいのか正解が分からないから。
皆知ってるのに俺だけ知らない。もしかしたら俺はコスモスの戦士に相応しく無いのかもしれない。でも、カオスの方が似合ってるって言われたって絶対行ってなんかやらないけど。

フリオニールの手をギュッと握る。いつの間にか、工具箱のあるテントの回りにはセシルとクラウドも集まっていた。
顔が緩む。ばれないように下を向いて、くつくつと笑った。

幸せっていうのはこういう事で、きっと、これが愛だ。





2011/04/14 22:31
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