俺さ、結構善良に生きてると思うんスよね。少なくともさ、ここまでの仕打ちを受ける理由は無いと思うんスよ。
全てが終わった後、泣くのにも疲れて、座るオニオンの腹にぼんやりと抱き着き小さく零した俺の言葉に、オニオンは「そうだね」と言って頭を撫でた。



想定されうる中で最も最悪の事態が起こった。簡単に言うと見付かった。スフィアが。光り輝く例の人に。
件のスフィアは、当然誰にも見付からないように隠しておいたはずだった。というか、見付かる訳が無かった。だってコスモスの所に隠しておいたんだから。コスモスの台座の所なら誰も不用意に触ったりしないだろうと思ったのだ。
「これ秘密のだから、誰にも言っちゃダメっスよ。コスモスも見ちゃダメっス。約束っスよ。」と言ってスフィアを隠した俺に、コスモスはにこにこしながら「ええティーダ。誰にも言いませんよ。約束します。」と言ってくれた。おまけに飴玉までくれた。美味しかった。
コスモスに手を振って駆け出した俺はすっかり安心していたのだ。これでもうあの呪われしスフィアが人目に付くことは無いと。
甘かった。とことんまで甘かった。
そう、あの台座、戦闘中はがら空きな事を俺はすっかり忘れていた。

その日ウォーリアは秩序の聖域で戦っていた。相手はクソ親父。戦闘は長引き、焦れた親父の放った一撃がコスモスの台座に命中したらしい。その振動に転がり出た何か。疑問に思って戦闘を中断した二人が見つけたものこそ、あの映像スフィアだったってワケ。

…予想を遥かに超えた、最悪の事態だ。

映像を見て、二人はそのまま別れたらしい。帰ってきたウォーリアは真っ直ぐ俺の前に歩いてきて、こう言った。

「ティーダ、聞きたいことがある」
「ん?なんスか?」

珍しい、なんて呑気に考えてたあの瞬間の俺をぶっ飛ばしてやりたい。

「ビチ●ソ野郎とは、一体どういう意味なんだ?」

空気が凍ったね。だってさ、その場にはさ、全員いたんだから。
俺は最悪の事態の到来を予感しながらも、みっともなく希望に縋り付いた。だってそれ以外俺に何ができるってんだ?

「は、はは…ウォーリア…何で俺に聞くっスか…?」

頼むよ、違うと言ってくれ。たまたまだと言ってくれ。
願いも虚しく、ウォーリアは言い放ったのだった。

「スフィア…だったか?あれの中で君が言っていただろう。それでビチ…」
「のぁぁぁああああああ!!」

必死でウォーリアの口を塞ぎ、今俺に出来る事を考えた。考えるまでも無い。一つだけだ。

「俺ちょっとカオス倒しに行ってくるね!!」

この戦争終わらせれば解決じゃん?さっすが俺、頭いい!爽やかエーススマイル、大盤振る舞い。キラキラエフェクトまで付けちゃって軽やかに迅速に全力で逃げるように走り出した俺の腕を、誰かが引っ張って止めた。振り払えない。必死に前に進もうとする足は、無意味に地面を抉る。振り返るもんか。俺は前だけ見続けて生きるって、そう決めたんだ。力みすぎで口からうめき声が漏れるが、そんなことには構っていられない。

「ふぐっ、う、うぅぅう…」
「ティーダ」
「うぉ、な、なんスか…俺ちょっと今忙しいから…」
「ティーダ」

恐る恐る振り返った先にはセシル。顔はいつも通り笑顔なのに目だけが笑ってない。何とか口の端だけを持ち上げてみた俺に、セシルは益々笑みを深めながら死刑宣告を下したのだった。

「ちょっと、詳しく聞かせて貰える?」
「はい…」

頷く以外、何ができたっていうんだ。



*****



クラウドの悲しそうな顔なんて初めて見た。そして知った。美形の憂い顔、マジブレイブブレイク。心に刺さるね、これ。そして一番意外だったのは、バッツが言葉の意味を殆ど知らなかった事だ。そういった罵詈雑言とは無縁な世界だったらしい。どんな天界よそれ。今はジタンが一つ一つ説明している。その度に上がる爆笑は置いといて。
笑顔で怒るセシルと、この世の破滅みたいな表情のフリオニールを一体どうすればいいんだ。セシルは流石お育ちが良いだけあって詳しい意味は分からないみたいだが、反乱軍にいたというフリオニールは全てきっちり理解出来たようだ。
ちなみにウォーリアとティナは空気を読んだオニオンがさりげなく夕食の準備に連れ出してくれた。俺、オニオン、好き。

全員でスフィアを鑑賞し終えた今、俺とセシルは向かい合って座り、その周りでフリオニールとクラウドが死にそうな顔をしている。何て言うの、無言の圧力?そんな感じ。
最初に動いたのは、セシルだった。

「ティーダ」
「は、はいっ!」
「スラングを使うな、とは言わないよ。でもね、限度ってものがあるだろう」
「う、はい…」
「それにあんな風に女性を蹴ったりして。ダメだろう?」
「いやでもさ、そういうスポーツだし…」
「言い訳しない!」
「はい!」

どうやらこの騎士サマにとっては、暴言よりも相手の女性プレイヤーを蹴り飛ばした方が問題らしい。まぁ暴言は大体しか理解出来なかったみたいだしな…。いつもならそろそろフリオニールとクラウドがフォローに入ってくれる頃合いだが、死にそうな顔を見るかぎりまだまだショックが抜け無いようだ。普段の俺ってそんなに天使ちゃんだったか?てゆうか二人は俺を何だと思ってたわけ?俺って体育会系育ちだし、結構露骨な下ネタも言っちゃうタイプなんだけども。
悩む俺の味方は意外な所から現れた。

「それぐらいにしてやったらどうだ」
「スコール!」
「文化の違いというものもある」

今まで黙っていたスコールが、隣に座る。そういや話を聞く限りスコールの世界は俺の世界と一番似ていたな。子供の頃から全寮制の傭兵学園行ってたって言ってたし。つまりは俺と同じ体育会系育ち!戦闘でも男女の区別はそんなに無かったと聞く。

「でもね、スコール。汚い言葉を使って女性を蹴り飛ばすなんて」
「そういう世界もある。ここで仲間に対してやった訳じゃ無いんだ。そう怒ることでも無いだろう」

やめて、私の為に争わないで!なんつって。どうすんの。この険悪な空気、明らか俺のせいじゃん。二人の間で散る火花、その傍らには幻想を打ち砕かれた二人の男、そして真ん中で縮こまる俺。どうすんのコレ。もうちょっと泣きそうなんだけど。

その時、不意に目の前の空間が黒いモヤと共に歪んだ。カオスの誰かが現れる前兆だ。今だけは神の救いに見えなくもない。

「カオス!!」

取り敢えず大声を上げて立ち上がれば、仲間達もそれぞれに武器を手にとって構える。
願わくばケフカあたりが大暴れしてうやむやになりますように!かつてない程強く願ったにも関わらず、モヤから現れたのは今一番見たくない人間、クソ親父だった。畜生あの道化野郎、今来ないでいつ来るんだよ。俺だけだぞお前の存在願ってるのなんて!

「ようクソガキ!」

しかもわざわざザナルカンドエイブスのユニフォーム着用で、だ。思わず顔が歪む。来たのが親父と分かって、仲間達は早々に武器を下ろしてしまった。カオスの気配を感じてか、夕食の用意に行っていたウォーリアとティナとオニオンが戻ってくるのが見えたが、やっぱり親父だと分かると傍観の姿勢を見せる。何でだよ。総攻撃して潰そうぜマジで。

「なんスか。今ちょっと忙しいんだけど」
「スフィア見たぜ〜」

今それでモメてんだっつの空気読め!
またセシルの方からピリピリとした空気が漂い始める。一体何を言う気だクソ親父。警戒する俺に頓着すること無く、親父は口を開く。

「やるじゃねぇか!」
「へ?」
「パスと見せかけてディフェンスぶっ飛ばすってなぁありゃ中々だ。場外ってとこも良いファンサービスだしな!」
「え、あ、お、おぉ!」

親父のいつものニヤニヤ笑いが、心なしか嬉しそうだ。てゆうか、そうか、分かってくれたか!そりゃそうだ。クソでクズでダメな親父だが、こう見えて知らぬ者のいないブリッツの英雄だった。
女性への暴力でも戦闘でも無くスポーツのプレイの一貫として見てくれる人の出現に、俺は舞い上がった。例えそれが大嫌いな親父だとしてもだ。そうなんだよ、アレ、翌日のスポーツ新聞の一面を飾る程度には凄いプレイだったんだよ!
思わず顔が綻ぶ。

「スよね…そっスよね!あの瞬間スタジアムが熱狂したんスよ!!」
「相手を場外蹴り飛ばす瞬間っつーのは溜まんねぇな!」

あれ、親父ってクソでダメだけどクズでは無かったか?いや、クソなのは確かだけどダメでも無かったかもしんない。てゆうかもしかしたら仲良くなれるんじゃないの?思わずその腕に飛び込もうとした俺を止めたのは、やっぱりというか何と言うか。
クソでクズでダメな親父の言葉だった。

「何より暴言の吐き方俺そっくりじゃねぇか!」

流石は俺様の息子だな、挑発も完璧だぜ、あともうちょっと体重増やした方が殴り合いの時良いんじゃねぇの。親父に飛び込もうとした勢いを殺さないように上半身へ。右手に構えたボールは渾身の力で放たれ、そのまま偉そうに語り続ける親父の左頬に鈍い音を立てて叩き込まれた。

「ぐお…っめ何すんだこのクソガ」
「やだぁぁぁあああ!!」

ちくしょう、ちくしょう。くそ、もう、もう!!
言葉にならない。その代わりに、目からは滂沱と涙が流れる。しゃくり上げながら、それでもボールをもう一つ親父に投げ付けるが、今度は力が入らず軽々と受け止められてしまった。

「ぁん?何だ、俺様そっくりなのが泣くほど嬉しいか!」
「やだぁあ…うぇぇええ…」

両手で目を擦っても涙は止まらない。
親父は喜々として戯言をほざいているし、仲間達は黙って事の成り行きを見つめている。この不条理な状況で、俺に泣く以外の選択肢があっただろうか。いや無い。聖域に俺の泣き声と親父の笑い声が響く。
その時、視界の端でチラリと動くものがあった。引き寄せられるようにその白いもけもけに近寄れば、ソレの本体は俺のより大分低い所にあった両手を持ち上げて、そっと腕を掴んだ。

「ホラ、あんまり擦ると腫れちゃうよ」
「オニオン…オニオン〜…」

オニオンはそのちっちゃい体で精一杯背伸びして、やっぱりちっちゃい手で俺の涙を拭う。その場にしゃがみ込んだら、同じように地面に座ってくれたから、遠慮無くちっちゃい体に腕を回してお腹に顔を埋めさせてもらった。オニオンの温もりに、涙がまた溢れ出す。

「オニオン、オニオン」
「大丈夫だよティーダ。僕が付いてる」
「オニオン〜」

親父の笑い声をBGMにそのままオニオンの膝で泣き倒し、泣き疲れてオニオンのテントで眠った俺は思ってもみなかった。何だかんだで当初の目論み通りうやむやになったスフィア騒動が、翌日ウォーリアの心ない一言によって再燃するなんて。

「それでティーダ、ビチ●ソ野郎とは結局どういう意味なんだ?」

俺さ、そりゃあ確かに聖人君子とまではいかないけど、それなりに善良に生きてきたと思うんスよ。それなのにこんな仕打ちはあんまりだ。
涙は当分涸れそうにない。





2011/04/08 04:06
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -