ベッドが一つポツンと置かれた部屋。大きな窓の外は夜が広がっている。皇帝の居城の一室に、俺の部屋はあった。分不相応に広い部屋には、ベッドの他にはボールが転がるだけだ。
ベッドの上に座って天井を眺めていたら、ドアが僅かに軋んで開いた。物音一つさせず入ってきたのは、何とも珍しい事にエクスデスだった。

「…なに」

俺の不機嫌そうな声にも頓着せずベッドの横まできたエクスデスは、高い所から見下ろしてくる。少しだけ、居心地が悪い。

「…なんだよ」
「なに、昨日から部屋に篭っていると聞いてな」

よく見るとその左腕には食事の乗った盆が抱えられている。もしかして心配してくれたのだろうか。植物に心配という概念が有るのかどうかは知らないが。

「お前達は食わねば弱るだろう」

そう言って膝の上に乗せられた盆からはまだ湯気が立っている。じっと見つめるエクスデスの視線から逃れるようにスプーンを持った。

「クジャが煩くてかなわん。顔を見せてやれ」
「………」

シチューを掬い、口に入れる。余計なお世話だ、と思った。放っといてくれ。

「父親となんぞあったのか」

そのまま出ていくかと思われたエクスデスは、ベッドの端に座りこちらを向いた。鎧の重さにベッドが沈む。むっつりと黙り込んでみても、エクスデスの視線が逸らされる事は無かった。

「別に。何も」
「何もということは無かろう」
「…昨日、会った。それだけ」
「話をしたのか?」

しつこい。睨んでみてもエクスデスは怯まない。それどころか、どこから出したのか食べ終わった空っぽの皿が乗る盆の上に林檎を置いてくる。なんだ。こんなもので釣られる程子供じゃない。黙って押し返した林檎をエクスデスが再び手に取る。反対の手にはナイフ。

「剥いてやろう」
「…うさぎじゃなきゃ食べない」
「よかろう」

困らせて追い払おうとしたのに、どうやら俺は墓穴を掘ったらしい。こんな下らない我が儘をきかれたら、話さないわけにはいかないじゃないか。大きな手は信じられない程繊細に動く。樹のくせに。

「…親父が」
「うむ」

話し出したら止まらなかった。悔しかったんだ。悲しくて、ムカついて、本当は誰かに聞いて欲しかったんだ。凄く。

「昨日、歩いてたら、親父がいて。殺してやろうと思ったんだ。だから構えて、イミテーションもいて。殺せると思ったんだ。でも、」
「殺せ無かったのか?」
「…よく見たら、隣に、人がいて。コスモスの知らない奴。楽しそうに、笑ってて。他にもいて」
「ああ」
「気付かなかった。親父、俺に気付かなかった。俺が殺そうとしてんのに、俺がすぐそばにいたのに。俺の事全然見ないで、俺に気付かないで、知らない奴らと楽しそうにしてて、それで、だから、俺は…」

俯く。涙が出そうだ。なんで。
遠ざかる親父の背中と、それにじゃれつく知らない奴ら。叫び出しそうなのを必死に堪えて、なんとか俺は城までたどり着いた。発狂しそうだ。何でだよ。だって、それは、俺のもののはずだろう。それだけは俺のものになっていいはずだろう。他は全部、俺のものじゃ無かったんだから。それくらい、俺にくれたっていいだろう。
コトリ、とうさぎを模して剥かれた林檎が一つ、皿に置かれた。もう一つ隣に並んで、俺を見ている。

「食べるがよい」
「………」

隣にフォークもあったけど、手づかみで一つ口に運ぶ。少し固い。
じんわりと、涙が滲む。

「大っ嫌いだ、あんなやつ。…大っ嫌いだ」

違う。言いたいのはそんなんじゃ無い。違うんだ。

「案ずるな。直に全て無に還る」

エクスデスの大きな手が、器用にまた一つうさぎを作り上げた。



死ぬな生きろ戦え殺してやる負けるな俺を見ろ馬鹿にするな大っ嫌いだ。違う、本当に言いたいのは。
おいていかないで。



とうさん。



おれをわすれないで。





2011/04/06 19:00
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