「これ、知ってる?」

オニオンが差し出したのは、よく見慣れたものだった。

「映像スフィアじゃないスか」
「スフィア?」
「この中に映像が記録されてんスよ。どこで見つけたんスか?」
「道に落ちてたんだ」

ふうん、と頷いてスフィアを持ち上げる。どうやらブリッツの試合が記録されてるようだ。日付と会場、ザナルカンドエイブスと記されたチーム名からすると俺も出ていた試合っぽい。そういえば前にオニオンはブリッツに興味を持ってたな。それに発達した文明ってのも見てみたいと言っていた。見下ろすと、俺の手の中にあるスフィアを真剣な目で見ている。うん、百聞は一見に如かずって言うし。

「見てみるっスか?」

オニオンはビックリした顔をして、一瞬後に嬉しそうに顔を綻ばせた。こういう所は子供らしくてかわいいと思う。



*****



胡座をかいて座った俺の隣に、同じようにオニオンも座る。ふざけて「膝に乗る?」と聞いたら、冷たく見返されてしまった。子供扱いされるのが嫌いって知ってたけど、「見てみたい!」って言った時の顔が可愛かったから思わず。そんな怖い顔しなくてもいいじゃないスか…。

スフィアが映し出す映像をオニオンは黙って見ている。さっきまでブリッツのルールやスタジアムについて質問を次々に繰り出していた口は今は固く結ばれて、瞳は真剣だ。ブリッツが気に入ってくれたんなら俺は嬉しい。

「ティーダ、あのさ」

瞳は逸らさぬまま、オニオンが口を開く。

「なんスか?ルール分かんないとこあった?」
「いや、ルールじゃなくて…。この黄色いユニフォームの金髪が、ティーダだよね?」
「そうっスよー」
「…………」

そこまで言って、オニオンはまた黙る。
この試合は俺の中でもベスト3に入るほど上手くいった試合だ。コンビネーションもシュートも申し分無い。何よりこの試合、自チームの得点はほぼ俺だ。

「今、女の人蹴り飛ばしたよ…?」
「あ、気付いた?今の結構高度な技なんスよ!パスと見せ掛けてディフェンスを体の回転を利用して…」
「そうじゃなくて!女の人だよ!?観客席まで飛んだよ!?」
「盛り上がるんスよねー。場外出ると」
「も、盛り上が…」

オニオンはただでさえ大きな目を真ん丸に見開いてこっちを見る。青い瞳は俺の頭から足の先まで辿って、もう一度顔に戻った。

「どうしたんスか?あ、もしかしてオニオンもブリッツやりたくなった?」
「え、いや、僕はいいよ…。ほら、こんなに息続かないしさ」

せっかくブリッツ仲間が増えるかと期待したのに。ちょっとだけヘコんだ俺を見て、オニオンは焦ったようにフォローを入れた。こういう時思うんスけど、オニオンは絶対俺を弟みたいに思ってる。まぁ戦闘のキャリアから言ったら俺なんてまだまだオニオンの足元にも及ばないんだけど。そんなオニオンを頼もしく思って甘えてるのも事実だ。

「もうすぐ前半が終わるっスよ。ほら、もうプールから上がる」

俺が泣くのを心配してか、そっと覗き込むオニオンの意識をスフィアに戻してやる。俺、一応年上なんだけどな。

「あ、ホントだ」
「ちょっと休憩入れて、また後半が始まるんスよ」
「ティーダも水から上がったね」

そう言ったっきり、ハーフタイムで特に見るものの無い筈のスフィアを真剣に見つめる。映るのは俺とチームメイト、それに敵チームが少しだけだ。そんなに面白いもんでも無いと思うんだが。

「ティーダこれ、何て言ってるの?」
「ん?」
「ここ、ティーダ大声で…」

ああ、何を見てるのかと思ったら。確かにスフィアの音声は不明瞭で聞き取り辛い。

「これはクソビッ…」

言いかけて、オニオンを見る。どう見ても子供…っスよね。流石にまずいか?まずいか。

「どうしたの?何て言ってるの?」
「いや、うーん、分かりやすく言うと…貴方は大変異性がお好きなようですね、程々にしないといけませんよ。みたいな…事っスかね」
「何それ」

オニオンは呆れたみたいな視線を向けて来るけど、しょうがないじゃないか。いくら俺でもこんな子供にR指定の暴言は教えられない。いや、ザナルカンドではもっと小さい子供もブリッツの試合の時は普通に言ってたけど、オニオンは随分綺麗な言葉を使うし。
親の心子知らずと言えば良いのか分からないが、オニオンは質問を止めてはくれなかった。

「じゃあ今のは?」
「今の?今のはえーっと…貴方はとても慎重な方のようです、お母さんをお大事…に…?かな…?」
「へぇ〜」

オニオンは感心したように何度か頷く。ごまかせた…か?

「慎重な人の事をヘタレ野郎って言うんだね」

ごまかせて無かった。むしろ酷いことになった。どうしよう、ウォーリアはともかくセシルあたりに知られたら確実に殺られる。

「じゃあ僕はヘタレ野郎かなー」
「いやいやいや!オニオンはヘタレじゃねっスよマジで!マジでオニオンは違うから!マジで!!」
「え、じゃあチキンの方だった?」
「違っ!違う!!」
「マザコン?」
「ひぃっ」

ああああどうしよう。最悪だと言ってもいい。これじゃあ幼気な少年を悪の道に引きずり込む外道じゃないか。こんなんでも立ち位置は正義の味方なのに。

「オニオン、そういう言葉はあんま言わない方が…」
「なんで?」
「いや、何でって言うか…」
「ティーダは使ってるのに」
「いや、そうなんスけどでもそういう事じゃ無くて」

何とかしてオニオンにその言葉は使っちゃいけないと伝えなくては。でもどうやってだ。スフィアの中では今も俺が敵チームに向かってR指定の暴言を吐きまくっている。観客の盛り上がりはハーフタイムだってのに最高潮だし。
俺がデビューした時、古いエイブスファンは少なからずガッカリした。帝王と呼ばれた父親の再来を期待したのに、パワータイプで厳つい父と違って息子は小柄なスピードタイプだったからだ。そのガッカリ感は試合中の俺にまで伝わってくる程で、今よりもっともっと若かった俺はそりゃあもう苛ついた。そこに相手のファール。キレてハーフタイムだというのに相手ベンチまで行って暴れた俺に、ファンは呆れる所か大興奮。そう、俺は暴言の吐き方からイチャモンの付け方、果ては挑発の仕方まで、恐ろしく親父にそっくりだった。試合後に自分の映像を見て背筋が寒くなる程に。
まぁ俺がその後親父みたいになりたくないと言って咽び泣いたのはともかくとして、ファン達は大喜びしたわけだ。ジェクトの息子は確かにジェクトの息子だった、と。プレイスタイルが違っても見た目がチャラくても、帝王の血は確かにファンの前に帰ってきた。翌日の朝刊の見出しにまた俺が号泣したのはともかくとして、俺の暴言はファンサービスの一貫なわけよ。だから、つまり、その、オニオンは暴言吐いちゃダメなんスよ…ほら、喜ぶ人、いないじゃない?

どうにかこうにかこんなような内容の説明をし終えた俺に、オニオンは理解しかねるといった表情をした。暴言の辺りをぼかしたせいか、いまいち伝わっていないらしい。

「じゃあさ、クソビッ」
「のぁぁああああああ!!」
「…って本当はどういう意味なの?」

あぁぁあ…どうしようどうしよう。
本当の意味なんて言えるわけない。スフィアに映る俺は相手チームのディフェンスと殴り合っている。何故あの時俺を殺してくれなかった。ああもう、味方まで殴ってんじゃん。こんな危険人物レギュラーにしてんなよ。何で謹慎させないんだ俺だけど!
言い訳の言葉も出てこずにあーうーと呻く俺を見て、オニオンはまだ幼い顔に生真面目な表情を浮かべた。あ、ヤバい。結構怒ってる。

「ティーダ」
「う、はい…」
「汚い言葉なんだね?」
「うん、まあ…どちらかと言え…ば…?」
「汚い言葉なんだね?」
「はい…」

はぁ、とやけに似合う溜め息を付いたオニオンが俺を下からねめつける。思わず姿勢を正してしまった。

「ティーダ、汚い言葉なんか使ったらダメだろ」
「はい…」
「ティーダはいい子なんだからさ」
「ごめんなさい…」

何だこの状況。もう何か意味分かんないけど、オニオンってさ、絶対に俺の事弟、それも大分手のかかる弟だと思ってるよね。まぁいいけど。
スフィアからビーッという電子音が響く。

「あ、後半始まるみたいだよ」
「あ、ああ、うん」

スフィアに向き直ったオニオンに、ホッと息をつく。説教は終わったらしいと安心したのも束の間、あ!と声を上げて振り返ったオニオンに心臓が飛び跳ねた。
「な、なななんスか!」
「何ビクビクしてんのさ。汚い言葉もだけどそれとさ、女の人に乱暴な事ももうしちゃダメだよ」
「いや、でもそういうスポーツだし…」
「言い訳しない!」
「はい!」

俺の返事に満足したオニオンは、今度こそスフィアに見入った。
真剣な横顔を見ながら、オニオンの前で二度とブリッツの話などしない、そう俺は固く誓ったのだった。





2011/03/25 00:55
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