「泣いているのかい?」

男にしてはちょっと高めの声が、その声の持ち主が出すわけない優しげな色で降ってきた。

「そんな所で一人で泣くのはよしたらどうだい。」

あまりに予想外過ぎて固まる俺に、もう一度声は降ってくる。恐る恐る見上げると、星明かりを浴びてキラキラと輝く男が湖の淵から見下ろしていた。

「クジャ…?」

あんまりにも綺麗だからいつも変態じみた笑い声を上げる姿と結び付かなくて、そっと名前を呼んだ。間違ってもいいように小さな声で呼んだら想像以上に弱々しくなって、自分でもびっくりした。でもクジャにとっては別に驚くべきことじゃ無かったらしい。なんだい、とやっぱりおかしなほど優しい声で言って、それどころか泉から上半身だけ出してる俺に手まで差し延べてくる。

「なにぼうっとしてるんだい?…仕方の無い子だね。」

何が起こってんのか全然わかんなくて細くて長い指を見ていたら、あろうことかその手は俺の脇に回って軽々と水中から持ち上げた。

「え、えぇ!?」

細いと思ってた腕や女の人みたいだと思ってた指はちゃんと男のもので、危なげなく支えてくる。その腕と自分のものを比べて、相手が自分より年上で大人なんだと初めて思った。



*****



「何をそんなに泣くようなことがあったんだい?」

俺を草の上に降ろして横に座ったクジャは、やっぱり優しい声のままで聞いてきた。だから、ついうっかり誰にも言うつもりの無かった事を言っちゃったんだ。

「…待ってたっス。」

「待つ?」

「子供…男の子。待ってて。でも、来てくれないから。だから俺、」

また涙が零れる。
誰にも言うつもり無かったけど、偶然見付けた泉に俺は度々来てはあの小さな男の子がやってくるのを待っていた。今回もまたあの子が来て、たった一言でいいんだ。言葉をかけて欲しかった。ごめんとか、泣かないでとか、何の意味が無くてもいい。そんな幼い頃から幾度となく聞いてきた言葉を、声を、聞かせて欲しい。俺の存在を、ここにある意味を、なんで親父とまた戦ってんのかとか、もう親父は消えないのかとか、…ここにいれるんならあの子の所にも帰れるの、とか、教えて欲しいことばっかりだ。コスモスにはウォーリアが側にいるから聞けなくて、親父は何も気にしないみたいに笑ってるから、俺だけが心配ばっかしてるみたいで、誰かに答えてほしい。いつもみたいにふっとやって来て、俺を慰めて。

「来ないから、俺、もうやだどうすればいいっスか。だって俺、だって、前はちゃんと来てくれたのに。」

嗚咽も混ざって意味の分からない単語の羅列に、自分でも意味が分からない。クジャなんかもっと分からないんじゃないだろうか。呆れられちゃったかな。いつものクジャならもうとっくにどこか遠くに行ってしまっているはずだ。
でも、クジャはまだ隣にいた

「その男の子っていうのが誰なのかは知らないけれど、今君の側にはボクがいる。それじゃあダメかい?」

そっとのびてきた手が頭に触れて、目尻を拭って、頬を撫でて頭に戻った。
暖かい声。優しい仕種。遠い昔に母さんがしてくれたような。あの子が俺を慰めるような。
また涙が溢れて、それでもクジャはずっと俺の頭を撫でてくれていた。

こいつはもしかしたら、弟にだけはこんな声で話しかけるのかもしれない。

しばらく止まりそうにない涙はもう諦めよう。だって小さい頃、兄さんがいたらいいのにっていつも思ってたんだ。それにきっと、クジャはこのことを皆には黙っていてくれるだろうから。





2010/11/06 18:44
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