ラグナから見たヴァンという少年の印象は、飛空艇好きな子供というものだった。二言目には飛空艇の話を持ち出し、ラグナにも意見を求めてくる。一方のラグナだが、飛空艇といえばラグナロクは自分と名前が似ていて好きだ程度の認識しか持たなかったので、答えようが無かった。その度にどこか寂し気な顔をするヴァンに意味も無く申し訳ない気持ちになったが、やはり飛空艇に格別な思いを抱く事も出来ないラグナは困ったように頭を掻く事しか出来なかった。
そもそもこの戦いの初め、出会ったばかりの頃は余り関わりも無く会話も必要な事を話すだけだったのだ。ヴァンはラグナよりもウォーリアやライトニングに良く懐いていた。特に共通点があった訳でもなく、何がきっかけで今のように軽口を交わすようになったのか心辺りは全く無かった。

ヴァンにとってのラグナというのは、初めて見るタイプの大人、の一言に尽きた。軽い物言いも行き当たりばったりな生き方も、今まで周りにいた大人たちには無かったものだ。当然仲間としての興味はあったが、自分から積極的に関わろうとする程大きなものでは無かった。むしろどちらかと言えば、元の世界で共に旅をし、或は旅の途中で出会い自分が憧れた名だたる空賊達や王家に仕える騎士達との差に僅かながら落胆していたのかもしれない。ヴァンにとって大人というのは、真面目で実直な自らの意思を貫き通す生き物だったのである。その例から外れる者もいるにはいるが、そうだとしても深い知識を持ち発言の一つ一つにも重さや意味があったし、何より決して言葉を間違って覚えたりなどしなかった。少なくとも戦いの中で出会った大人は全て。あの華やかな帝都での夢に敗れた人々が集う場所で出会った情報屋にさえ僅かながらも尊敬を抱いていたヴァンにとって、ラグナというのは全く未知の大人だった。
だからこそ自分から近付く事も無く、戦いの始まったばかりの頃は、自分の良く知る大人の姿に近いウォーリアやライトニングに話し掛ける事の方が多かった。それが今のように良く話し掛けるようになったきっかけを、ヴァンは良く覚えている。



*****



戦闘を繰り返す内に少しずつ記憶は戻ってくる。もう自分の故郷を思い出し懐かしむ事が出来るくらいにはヴァンの記憶は戻っていた。幼なじみや王女、騎士にヴィエラ。そして何より強烈に思い出すのは、自分に空賊の何たるかを教えた青年の事だ。師と呼んでもいい程に彼には旅の最中全てを習った。
自らを主人公と嘯く彼を思い出し、一人でニヤニヤとする。どうだ、見たか。今は俺が主人公だ。あんたは何も知らずに遥か遠い所にいて、俺が世界ごとあんたを救うのだ。帰って話をしたら、あの男は何と言うだろうか。何も言わない可能性もある。その時の不機嫌そうな顔を思い出すだけで楽しくなるのと同時に、それを見るためには何としてでもこの圧倒的不利な戦いに勝たなければとヴァンは決意し直すのだった。

イミテーションをまた一体砕き、一息つく。
この辺りにはもう敵の気配は無い。連続した戦いに息は切れ、地面に倒れ込んでしまえれば楽なのに、といつ現れるか分からない敵を恨めしく思う。寝転がる誘惑に抗うのは至難の技だが、こんな場所で無防備になるのは自分の心の中に存在する仲間達が許してくれなかった。きっと幼なじみは心配して王女は怒るだろう。ヴィエラは無関心そうに、将軍は優しく、それぞれ諌める言葉を言うのだ。そしてあの空賊はどうするのだろうか。あれで子供っぽい所のある男だ、怒るかもしれない。いや馬鹿にして笑う可能性の方が高いだろうか。どちらにせよ、情けない姿など見られたくない。
仲間達を想像して気合いを入れ直したヴァンの後ろで、ドサリと大きな物音がした。慌てて振り返ると、ラグナが心底疲れたといった体で地面に寝そべっている。

「あ〜、つっかれた!」
「敵来たらどうすんだよ。寝るなって。」
「大丈夫大丈夫。」

歩み寄りながらヴァンが言うが、ラグナは立ち上がろうとしない。ヴァンは少し迷って、しかしラグナ程無防備になる勇気は無く近くの岩に座った。寝転がるよりは遠くまで見える。
先ほどまではライトニングとユウナが一緒にいた。戦う内に逸れてしまったらしい。話し掛ける言葉も思い付かず、あーうーと唸るラグナをボンヤリと見詰める。嫌いな訳では無い。ただ、接しかたが分からなかった。

「ライトニングとユウナ、探しに良くか?」
「んー…」
「どうする?ヴァン。」
「待ってた方がいいよ。ラグナ、方向音痴だし。」
「そうか〜?」

ラグナの方向音痴を考えるとこのまま待っていた方が二人に会える確率は高い。また二人の間に沈黙が落ちた。

「元の世界の事、覚えてる?」

聞いてみたのに大した理由は無い。コスモス軍の者達の中でも元の世界の記憶には差があった。ラグナはどうなのだろうと、ふと気になっただけだ。

「お?そうだな〜、」

上半身を起こし口を開いたラグナを見遣ったヴァンの目が、その後ろに沸き起こった黒い影を捉えた。考えるより先に銃を呼び出した手元が現れた皇帝を撃ち抜く。口元に笑みを浮かべた皇帝はヒラリと躱し、2言3言ラグナに告げると再び闇へと消えてしまった。

「何だあの野郎!」
「何て言ってたんだ?」

駆け寄ったヴァンに、怒り心頭といった面持ちで立ち上がったラグナが勢い良く振り向いた。普段見ないその表情に、ヴァンは僅かにたじろぐ。

「俺が呑気だの弱いだの…アタマくるな!」
「何しに来たんだよ、アイツ。」
「知るか!」
「あっ、おい!」

そのまま、ラグナは歩きだしてしまった。追い掛けるかどうか一瞬迷う。敵が来たなら移動した方が安全だ。だが、敵は既に去った。ラグナの先導に付いていけば、後の二人に会えるのはいつになるか分からない。
その逡巡の間に3歩進んだラグナが、不機嫌そうなまま振り返った。何時に無く低い声でヴァンの名を呼ぶ。

「行くぞ、ヴァン。」

行くぞ、ヴァン。その台詞には聞き覚えがある。低く甘い、その声にも。ヴァンの脳に痺れたような痛みが響いた。
僅か頭上、隣、肩を組んだ耳元、彼の恋人の操縦席に座り後ろから、旅の最中何度も聞いた。飛空艇の動かし方から武器の握り方、酒場で女性に声を掛ける方法までこの声の持ち主に習った。
思わず駆け寄り、隣に並ぶ。早鐘のように鳴る胸を抑え何とか声を出したが、幾らか弾んでしまった。

「な、なぁっ!」
「あん?」
「飛空艇ってさ、好き?」
「飛空艇?飛空艇なぁ…ラグナロクだな。名前似てるし。」
「ラグナロク?」
「ああ。でっかくてさ、1番速いんだぞ〜。」
「へぇ。」

エンジンや動力の話を次々とするヴァンに、ラグナは少し困った顔をしながらも答える。中には専門的すぎて答えられないような事もあったが、それでもヴァンは話を止めない。
何でも良かった。あの男と良く似たその声が飛空艇の事を語るなら。思い出した愛して止まない世界の記憶を繋ぎ止めようと、その声から少しでも多くの記憶を掘り起こそうと、ヴァンはラグナに飛空艇の話をし続ける。

自分は思っていたより何倍も、あの世界や仲間を愛していたのだなぁ。もう少しだけ飛空艇の話をしたら、このお調子者で方向音痴な、大人とは思えない仲間が生まれた世界や好きなものも尋ねてみよう。
見上げた空に、銀色の機体が光った気がした。





2011/03/11 20:16
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