手を伸ばしました。何も掴めず空を掻きました。それ以来、手を伸ばすことは止めました。
大事なものは何時だって俺に背を向けます。俺の手はただ空を掻きます。気付いて以来、大事なものは作りません。
慣れてはいても、背を向けられるのは辛いものです。届かない手は、もっと。



一つ、小石を置く。地面の上にポツンと置かれたそれに、ウォーリアと名前を付けた。隣にもう一つ小石を置いて、フリオニールと名付ける。同じ作業を繰り返して、全部で9の小石が並んだ。少し悩んで、最後に10個目の小石を付け加えコスモスと名付ける。
綺麗に整列した小石を眺め、顎に手を当て考える。しまった。こんなに増やすつもりは無かったのに、いつの間にか増えてしまっていた。
代わり映えのしない石をジッと見て、そうっと手を伸ばす。さ迷った手は10個目の石を取ろうとして止まり、迷って1つ目の石の上に行って止まり、5つ目と6つ目、9つ目を経由した挙げ句に全ての石の上を通って膝の上に戻った。
困った。減らさなくてはいけないのに、どれ一つとっても手放し難い。最終的には全て手放すのだけれど、順番もすごく大事なのだ。
小石を眺めて悩む俺に近付いてきたのは、セシルだった。

「どうしたんだい?」
「ああ、セシル。いやちょっとさ、困った事があって。」
「困った事?その石はゲームか何か?」

正面に座ったセシルが、並んだ10の石を指差す。左から順番にいちにいさんと数えて、その指は10個目をつついた。

「ゲーム…かな。似てるかも。なぁ、セシルならどれを選ぶ?」
「選ぶ?」
「そう。いらない石を選んでよ。」
「一つでいいのかい?」
「全部。いらない石の順番を決めて欲しいっス。」

セシルは少し困った顔で石を眺めて、同じ顔で俺を見た。幼い子供の戯れに付き合う父親のような目だ。

「僕には全部同じに見えるから…。これを選んだらどうなるんだい?」

そう言ってセシルが指し示したのは左から3つ目、オニオンと名付けた石だった。示された石を右手で握って、上に放り投げる。真っ直ぐ落ちてきたそれを受け止めれば、パシリと気持ちの良い音がする。

「どうもなんないっスよ。ただ、これが無くなるだけ。」
「その小石が?」
「そ。じゃあ次は?」

人差し指と親指で摘んだオニオンの石を見詰める。セシルからは困惑の空気だけが伝わってきた。

「このゲームのルールを教えてくれないか、ティーダ。石が全部無くなったらどうなるんだい?」
「だから、どうもなんないよ。ただ石が無くなって、最初と同じに戻るだけっス。」

石から目を離してセシルを見遣る。セシルはただジッと俺の顔を見ていた。詳しい説明を聞くまで次の石を選ぶ気は無いらしい。数秒考えて、溜め息をついた。どうせ誰かに選んで貰わねば自分では到底選べそうに無いのだ。

「こんなにさ、増やすつもりは無かったんスよ。」
「石の話かい?」
「そう。10個なんて過去最高っスよ。多分。」
「前は何個だったの?」
「んー…2個の時もあったし、6個の時もあったけど、いつも順調に減らせてたんス。マジで。なのにこんな増えちゃって。」
「どうしても減らさなきゃいけないのかい?」
「うん。じゃないとまた繰り返しだ。」

セシルは少し黙って、俺の右手にあった石をそっと摘むと列に戻した。最初と同じ左から3番目、几帳面に整列したオニオンの石はフリオニールとセシルに囲まれて並んでいる。ようやく一つ減らせたのに、こうなってしまっては自分では迷って取り除けない。
再び口を開いたセシルの声は、さっきまでより少し固くなっていた。

「自分では、減らせないのかい?」
「減らせたんスよ。今までは。」
「どうやって?」
「順位を付けて、順番にとか。後はどうしても順位が付かなかったら一気に。でもこんなに多くなったのは初めてだし、どうしていいか分かんないんス。」
「…この石、どんな意味があるの?」

さっき少しだけ触れたセシルの手は、随分と温かかった。心が温かい人は、手にまでその温度が伝わるのだろうか。髪は冷たそうな色なのに。
どうでもいい事を考えながら、左端の石を指す。

「簡単っスよ。これがウォーリア。次がフリオニールさっき選んだのはオニオン。で、セシルとバッツとティナだろ。クラウドにスコールにジタンで、最後がコスモス。」
「…僕らの名前が付いてるの?」
「うん。やっぱさ、最初はコスモスかな?コスモスは俺らと何か違うし。でもなぁ…。」

右端にあった小石を摘み上げようとした俺の手を、セシルの手が掴んで止めた。見た目の印象とは裏腹に、男らしい硬くて武骨な手だ。体温が俺の手に流れ込む。痛い程に握りしめられた手に驚いている内に、反対の手もセシルに握り込まれた。

「ティーダ!」
「え、なに?」
「何で減らそうとするんだ。」
「何でって…」

疑問の形を取ってはいたが、セシルの口調は確かに俺を責めていた。セシルを怒らせるようなことを俺がしたのは間違いないけど、一体どこの部分か分からない。結果、怒っても綺麗なセシルの顔を見詰めることしか出来なかった。
怒られる理由の分からない俺に、セシルはますます険しい顔で握る手に力を込めた。

「石を、僕らを捨てて、ティーダは一体どうする気なんだ。」
「どうって…別にどうもしないっス。」
「じゃあ何で捨てようとするの。」
「捨てるんじゃないっスよ、ただ減らして、無くなるだけで…」
「同じだろう!」

握られた手が痛い。それ以上に、怖い。セシルが俺のせいで怒ってるってのは分かるけど、何で怒ってるのかが分かんなくて怖い。

「理由を聞かせてくれないか。減らそうとするのは何でなんだい。」
「え、だ、だって…」
「だって?」
「こんなに沢山あったら、俺、やんなっちゃうし。」
「何が?」
「だって、最後には無くなるのに。どうせ俺のにはなんないのに。なら、こんなに持ってたってしょうがないっスよ。」

そうだ、しょうがないだろう。どうせ手放すことになるのなら、今から無くしておいた方がいい。大事なものなんて。
どうせ、俺の手は届かないのだから。最初から無いのなら、また俺は笑える。
見開かれたセシルの目から、たった一粒雫が零れた。

「うわっ、どうしたんスか、セシル!何かどっか痛いんスか?」
「違う、違うよ。何でだい。僕らは仲間じゃないか。なのに何で無くなるとかしょうがないとか、そんな事を言うんだ。」

君はこんなにいい子なのに。そう言ってセシルは握った俺の手を目に押し当てた。手の甲が濡れる。優しい人は涙まで熱いのかと、場違いなことに感動してしまった。

「諦めないでくれ。僕らは仲間だろう?」
「諦めるとか…そんな…」
「手を伸ばしてくれれば、僕らは何時だって君の所に行くよ。」

そこで漸く、俺とセシルの間には重大な誤解が有ることに気が付いた。セシルは勘違いをしている。違うんだ。セシル、セシルが考えてる事は、根本から間違えてるんだよ。

「違うっスよセシル!」
「何が違うんだ!?君は僕らに手を伸ばそうともせず…」
「だから違うって!」

顔を上げたセシルと目を合わせる。キョトンとした顔には涙の跡が筋となって付いていた。拭ってやりたいが、両手を握られていては出来ない。苦笑いをする俺に、セシルは目を瞬かせた。

「え?あ、もしかしてカオスの誰かに脅されて…」
「そうじゃないって!セシル、勘違いしてるっスよ。」
「勘違い?」
「そ。」

セシルの手をやんわりと振りほどいて、そっと涙の跡を拭う。騎士の何たるかなんて知らないけど、きっとこんな簡単に泣いていいものじゃ無い筈だ。両手を膝の上に戻す。どことなく気恥ずかしそうにセシルが笑った。俺も笑い返す。

「ごめん、先走っちゃったみたいだね。勘違いって?」
「いいよ。勘違いってのはさ、まず、俺の手は誰にも届かないって事。」

たっぷり3拍置いて、セシルは掠れた声で「え?」と漏らした。

「大事なものはさ、皆俺に背を向けるんだよ。絶対。俺の願いは叶わない。そういうもんなんだ。」
「ティーダ?ねえ、何言って…」
「だからさ、セシルが気にする事なんか何にも無いんス。な、だから泣くなよ。どうせいつもの事なんだから。」

俺に向かおうとしたセシルの両腕は途中で止まって宙をさ迷い、そのままセシルの顔を覆った。ティーダ、ティーダと繰り返し俺の名を呼ぶセシルの顔は見えないが、もしかしてまた泣いているのだろうか。

「セシル?どうしたんスか、やっぱどっか痛い?」
「ティーダ!」
「うわっ、何?」

ガバリと顔を上げたセシルの頬はやっぱり濡れていた。何時に無く強い光りを宿した瞳が、俺を射る。

「ティーダ、ティーダ。君の手が届かないなら、僕が手を伸ばすよ。そうすれば必ず届く。だから、手を伸ばす事を止めないでくれ。お願いだよ、ティーダ。必ず捕まえるから、だから…」

そう言って俯くセシルを見詰める。
手を差し延べて貰うなんて考えてもみなかった。そうか、それならば俺の手が例え届かなくても、もう虚しく空を掻く事など無いだろうか。
でもさ、でもだよ。セシル。
背中を向けているのに、どうやって俺が手を伸ばしていることを知るの。どうやって俺に手を差し延べるの。

整然と並んだ10の石が、まるで超えることの出来ない境界線のように俺達の間に横たわっていた。



つまるところ、俺はこれ以上絶望なんてものを知りたくは無いのです。
だからやっぱり、大事なものなどいらないと、そう思うのです。





2011/03/02 01:43
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