目を細めれば、遠くに見知った背中が見えた。空を見上げるクラウドは、まだ俺達に気付いていないらしい。肘で隣にいるスコールを小突く。
怪訝そうに俺を見たスコールに遠くの背中を指し示してやれば、同じように目を細めて俺の指の先を見つめた。あの特徴的な髪だ、すぐにスコールも誰が立っているのか気付き、不思議そうな顔をする。月の渓谷の小山の上、いつ敵に見付かるか分からない事を考えると、あんな目立つ場所に突っ立っている理由は無いように思えた。
口を開こうとしたスコールを、人差し指を唇に当ててシィッという仕種で制する。ニヤリと笑ってみせれば呆れた顔をしたが、こんな機会滅多に無いんだ。逃すわけにはいかない。

仲間の中では最年長のクラウドは、俺達からは少しだけ遠い存在だった。何を考えてるのか分からないって所もそうだが、何よりその圧倒的な強さが隣を歩くのを躊躇わせた。仲間として打ち解けることは出来たが、それでも大人の余裕のようなものが垣間見えるクラウドと俺達の間には常に仕切りのようなものがある。大人と子供を隔てる仕切り。小さいように見えて、その仕切りは絶対的な力を持っている。
そんなクラウドが、今は俺達に気付かずにぼんやりと空を眺めている。千載一遇のチャンスってこういうののこと言うんスよ、きっと。
こっそり、こっそり。足音を消して気配も消して、尚且つ物陰に身を隠しつつ、スコールの手を引いて後ろから近付く。もう溜め息すら出ないといった面持ちのスコールだが、ちゃんと足音も気配も消してくれていた。
クラウドの真後ろ、1メートルほどの段差の陰に二人で屈み込む。チラリと覗いてもクラウドが気付いた様子は無い。3本指を立ててスコールに向けて振る。同時に片目を瞑ってみせれば、スコールは頭痛を堪えるような顔で目を伏せた後頷いた。
3、2、1、せーのっ!

「クラーウドッ!!」
「…っ」

踏み出した勢いのまま、クラウドの背中に飛びつく。俺に手を繋がれたままのスコールも同時に飛びつく形になった。

「なーにやってんスか?」
「ティーダに…スコール、か。」

クラウドは一瞬全身に入れた力を直ぐに抜き、腰の位置にある俺の頭に手を置いた。器用に俺とスコールの間で体を反転させ向き直ると、僅かに笑う。俺達の悪戯は成功したみたいだった。心なしかスコールも満足そうだ。

「星を読んでいたんだ。」
「星?空の?」
「ああ。どんな世界でも、星の位置は変わらないらしい。」
「…明かりが無いから、星は読みやすいな。」
「そうだな。」

再び空を見上げるクラウドを、ポカンと見つめる。スコールも空を見上げている。同じように見上げるが、相変わらず星は遠くで瞬いているだけだ。二人を見比べて、また空を見てを繰り返していると、俺の様子に気が付いたスコールが話し掛けてきた。

「どうした。」
「スコールもクラウドも…目ぇめっちゃ良いんスねぇ」
「は?」
「星ってなんか書いてあるんスねー。」

目をぐっと細めて見上げるが、ダメだ。俺にはやっぱりチカチカ瞬く光は見えても、文字どころか星そのものさえ見えない。チームの中では目は良い方だったんだけど、もしかしてスコールやクラウドとは体の作り自体が違うのか?
背伸びをして空を睨む俺の手を、繋いだままだったスコールの手がぐいっと引き戻した。

「違う。そういう意味じゃない。」
「ん?」
「位置を読むんだ。」
「ああ!繋げると文字になるとか?」
「そうじゃ無くて…」
「くくっ、」

俺達の会話に、クラウドが低く笑い声を漏らした。随分珍しい事だ。さっきも俺達に気付かなかったし、今日は随分と色んな部分が緩くなってるみたいだ。

「星に文字が書いてあるんじゃない。星の位置で、方角や時間を知る事を星を読むと言うんだ。」

しかもよく喋る。へぇ、と感心してみせた俺に、スコールが不満そうな顔でそっぽを向いた。

「あんないっぱい、覚えられるんスか?」
「全部じゃない。いくつか目印になる星を覚えればいい。」
「スコールも覚えてんの?」
「…ああ。星が読めなくては、夜の作戦や野宿の時に困るからな。」
「へぇー。」

見上げてみても、俺には全て同じ光の粒にしか見えない。あの全てに位置が決まっていて、それを見て情報を得ようという人がいるなんて考えてもみなかった。俺の故郷には光が多すぎて星なんか見えなかったからかもしれないが。

「全部おんなじに見えるなぁ」
「…一つだけ、一晩中動かない星がある。その星さえ分かればいいんだ。」
「どれ?」
「あの一際大きい…」
「んんー?」

静かにクラウドが俺の後ろに回る。肩ごしに覗いて、腕を真っすぐに向けた。同時に左手で俺の顔を固定する。

「ほら、分かるか?指の先だ。少しだけ周りより明るい星があるだろう?」
「んー…あっ、分かった!」
「あれが北極星だ。北極星さえ分かれば北が分かる。」
「へぇー。」
「北極星に背を向けて歩けば、俺達の陣地に着くぞ。」
「おぉっ、便利っスね!」
「あぁ。」

そのまま三人で星を眺める。星座さえ知らない俺にスコールは呆れながら、クラウドは静かに微笑みながら見分け方や見える季節、時間帯を教えてくれた。
意外だったのは、星にまつわる伝説やお伽話をスコールが沢山知っていたことだ。一つ一つ指し示す俺に、スコールは淀む事なく聞き慣れない響きの名前を持った人々や神の話をした。離れ離れになった恋人達の話や悲劇の英雄の竪琴といった女の子が好みそうなお話がスコールの口から出てくることは酷くアンバランスに思えて、思わず笑い声を漏らしてしまった。スコールの低い声が止んで、鋭い目がジロリと俺を睨む。

「ゴメン、ゴメンって。」
「…お前が聞いたんだろう。」
「そうなんだけど、でもさ。」
「よく知ってるな。」
「…何がだ。」
「伝説だ。俺もそんなに多くは知らない。」
「そうっスよねー。なんでそんな知ってんの?」
「子供の頃…毎晩寝る前に聞かせてもらったんだ。」

そう言ったきり、またそっぽを向いてふて腐れたように黙ってしまう。少し苦笑いをして、繋がったままの手をさっきとは逆に俺の方から引っ張る。それでもスコールはこちらを向かない。

「なぁ、ゴメンってスコール。」
「………。」
「スコール、こっち向けって、な。」
「ほら、スコール。ティーダもこう言っている。」

クラウドの子供を窘めるような優しい声に、ようやくスコールが向き直った。それでも視線は逸らされたままで、俺とクラウドは顔を見合わせて笑みを深くした。クラウドがそっとスコールの横に移動し、俺と繋いでいない方の手を取る。一瞬驚いたように握る力が強くなったが、振り払うことは無く直ぐに力は抜かれた。
もう一度北極星を見上げてから背を向けて、三人でゆっくりと歩き始めた。

「な、その話してくれたのは誰?」
「…誰だっていいだろう。」
「俺も聞きたいな。」
「………。」
「母さんとか?」
「初恋の人、かもな。」
「…勝手に言ってろ。」
「お、図星?初恋の人?」

北極星を背にして歩く。どこにいたって、帰り道が分からなくたって、あの星が仲間達の待つ場所を教えてくれる。
手を繋ぎ肩を並べて歩く俺達を、星だけが見つめていた。



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2011/02/10 22:37
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