※『ティーダとアルティミシアのお話』の続きです。



目の前には親父、その隣にはアルティミシアもいる。アルティミシアの魔法なのだろう、何の気配も無く俺とスコールの前に突如姿を現した親父は、俺を見てニヤリと笑った。
その馬鹿にした笑いに、瞬間的に血液が沸騰する。怒りやら悔しさやらで目の前が真っ赤に染まって、親父を倒す事しか考えられなくなる。スコールが構えるのが目の端に映ったけど、散々確認した連携なんて思い出しもしなかった。体勢を低くしこの場でトップを誇るだろうスピードと機動力に任せて駆け出そうとした俺を止めたのは、親父の声だった。

「待て待てガキ、今日は大事な話があんだよ。」
「あ゛?」

自分でも中々ガラの悪い声が出たと思う。親父の隣にいたアルティミシアは、俺の声が気に障ったのかピクリと眉毛を動かす。
話なんか聞いてやる義理は無いが、スコールが左手で俺を制した事もあり一先ず剣を下ろした。大事な話とやらのために体は起こしたが、距離はとったまま、剣も右手に持ったままだ。二人への警戒は俺に任せたのだろう、スコールは新手が現れないか周囲を見回している。

「大事な話?」
「おうよ、ガキ、いやティーダ。」

いつもの締まりの無い顔では無い。何時に無く真面目な顔をする親父に、思わず半歩後ずさる。何だって言うんだ。こんな顔も出来るなんて思って無かった。アルティミシアは相変わらず静かなままだ。ふと、その視線が一度も俺から外されていない事に気が付いた。おかしい、アルティミシアの相手はスコールの筈だ。
ゴホン、と親父の咳ばらいが無音の空間に響く。何故か照れたように一度頭を掻いた親父は、「あー、なんだ、その、」と言葉を濁すばかりだ。その態度にまたイライラとする。本当に何のつもりだ。アルティミシアは尚も黙ったまま俺を見据えている。大体、何でアルティミシアが親父の側にいるんだ。先日少しだけ言葉を交わした魔女が当然のように親父の側に控える様子に、俺は少なからず苛ついていた。誰にも秘密のあの体温や会話が親父に取られてしまうような気がして。
ようやく決心がついたらしい親父は粗雑な仕種でアルティミシアを指し、誰も予想しなかった一言を言い放った。

「ティーダ…お前の母親だ。」

…誰が?親父の指し示す先には、アルティミシアしかいない。とゆうかこの場に女性はアルティミシアしかいない。何言ってんだこの親父は。何言い出してるんだ。言って良いことと悪いことの区別もつかないのか。アルティミシアも何で怒らない。え、じゃあそういうことなのか、合意なのか。
二人を見比べて混乱する俺に、親父は言葉を続ける。

「お前も、やっぱ母親が恋しいかと思ってな。」

また頭を掻いて地面の石を蹴る親父。アルティミシアは黙ったままだ。とりあえず、えーと、あの、つまり、

「か…母さん?」
「何ですか、ティーダ。」

拝啓、異界の母さん。
新しい母さんが出来ました。



*****



混沌と化したあの場を離れ、俺とスコールは秩序の聖域に戻って来ていた。

「…なぁ、スコール。」
「…何だ。」

何で俺達は体操座りでくっついているのでしょうか。それは未だに何が何だか分からなくて何となく不安だからです。いやそうじゃ無くて。

「母親、出来ちゃった。」
「…ああ。」
「魔女の。」
「…俺も育ての親は魔女だ。」
「そうなんスか…。」
「…恋人も魔女だ。」
「マジっスか。スコールの回り魔女だらけじゃん。」
「…そうだな。」

衝撃の事実発覚。まさかこんな形でスコールの過去を知る事になろうとは。ピッタリ肩をくっつけたまま、俺達はぽつりぽつりと言葉を続けた。スコールの知られざる秘密も知っちゃったし、俺も少し本音を言ってみる。

「なぁ、あのさ。こんなこと言うとアレかもしれないけどさ。」
「なんだ。」
「俺の母さん…美人じゃね?」
「…熟女だぞ。」
「新しい母さんがピチピチギャルだったら親父の事殴っちゃうだろ。」
「…そうだな。」
「母親だから熟女でいいんだよ。」


母親、母親か。母さんって呼ぶのか、アルティミシアを。仲間達が徐々に探索や素材集めから帰ってくる。皆一様に、隅の方でくっついて体操座りをする男二人に驚いた顔を向けるが、それが俺達だと分かると微笑ましげな笑いを浮かべて去っていった。いつの間にやら俺達は仲良し二人組だと認識されていたらしい。いやまぁいいけどさ。

事件が起こったのは、仲間達も全員帰ってきてそろそろ夕飯の準備でもするかという時だった。

「何をしに来た!」
「下がれ!来るぞ!」

仲間達の怒声が響く。俺達は顔を見合わせると、直ぐさま立ち上がり声のした方に駆けた。聞こえる単語から判断すると、敵の襲撃があったようだ。
剣を握って駆け付けた俺達が見たのは、仲間達と対峙するように立つアルティミシアの姿だった。さっき別れてからまだ数時間しか経っていない。

「アルティミシア…!」

低く呟きガンブレードを構えたスコールに合わせるように、俺も両足を開く。でも数時間前に和やかとまではいかなくとも穏便に親子の対面を果たしてしまった仲だ。正直やり辛い。めっちゃやり辛い。左手に切っ先を添えたところで、アルティミシアがこちらを向いた。よく見ればその手には有るのはあの凶悪な魔法では無く大きなバスケットだ。

「ここにいたのですか。」
「は?」

アルティミシアの眉がまたピクリと動く。目は真っ直ぐに俺を捕らえ、僅かに浮いた体はスルスルと俺の側に寄った。フリオニールが矢をつがえているが見えたが、バスケットを見て放つべきかの判断に困ったのかそのままの体勢で微妙な表情を浮かべている。
誰も遮らないまま目の前まできたアルティミシアが右手を上げた。思わず衝撃に備え目を瞑る。が、その手は赤い剣と共に振り下ろされるのでは無く、俺の頭にそっと添えられただけだった。

「先程も思いましたが、そのような言葉遣いをするのはやめなさい。」
「え?」
「そんな所だけ父親に似てはいけませんよ。」

俺が呆然としている間にアルティミシアの右手は降ろされ、何故だか俺はアルティミシアが左手に持っていたバスケットを持たされていた。いや、何か自然な流れで差し出されたから思わず。

「夕飯にしましょう。」
「あ、うん…?」

そのままアルティミシアは歩き始め、10メートル程進んだ所で両手を広げ何やら呪文を唱え始めた。今度こそ襲撃かと身を固くする仲間達をよそに、現れたのは何処の宮殿から持ってきたのかと聞きたくなるような装飾過多なテーブルとイスだった。

「どうしたのです。」

優雅に座ったアルティミシアが、立ち尽くす俺を見る。どうしたって、どうしたって。どうすればいいんだ。

「座りなさい。」
「え、あ…うん?」

促されて、アルティミシアの正面に座る。テーブルに置いたバスケットがひとりでに開き、中身が並ぶ。
パンにサラダにハンバーグ。小さな子供がいる家庭なら、夕飯にはこんな料理が並ぶんじゃないだろうか。
まだどう動いていいか分からず呆然と料理を見ていた俺を、アルティミシアはいつもの表情の無い瞳で見つめる。同じく遠くで仲間達が俺達を息を飲んで見守っているのを感じた。アルティミシアと見つめ合えば、緊張や混乱で眉間に冷や汗が伝う。

「食べましょう。」

視線を先にそらしたのはあちらの方だ。グラスにワインが注がれる。勿論ひとりでに。俺のグラスはどう見てもオレンジジュースだが。何事も無く食事が始まってしまいそうな雰囲気に、なけなしの勇気を振り絞った。

「あの、」
「なんですか。」
「なんで、その、」

俺と飯食うの?
言えなかった一言は、何となく悟ってくれたらしい。実に不可解だ、とでも言いたげに眉をひそめ、アルティミシアは言った。

「貴方は私の子供でしょう?」

わたしのこども。心の中で反芻して、目の前の料理に視線を移した。ハンバーグからは湯気がたち、パンの表面は香ばしそうに焼けている。
何かもう、何でもいいや。
この魔女が俺の母であるならば、もう、何でもいいや。

「かあさん」と小さく囁けば、仄かに表情を緩めたアルティミシアは静かな声で「なんですか、ティーダ」と答えた。





2011/02/05 01:50
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