故郷の事を語る時、話し始めるのに僅かな間があるのを知っていた。人が不審に思う程の間では無い。実際仲間達は誰も気付いてはいなかった。
同じように、フリオニールが「夢」を語る時、その瞳は僅かに揺れた。表面上は全く変わり無く見えるが、心の奥底は動揺しているのだろう。本人でさえ気付かぬ程に僅かな揺れ、だが幼い頃から傭兵としての訓練を受けた己ならば気付く程に、その動揺は瞳を揺らした。
ガーデンでは密偵の成績も尋問の成績も剣技や魔法と同じく上位だった。相手の嘘を暴くのが特技だなんて気楽なここの連中には決して言えないが。

「故郷に何を残してきた。」

言った途端に後悔した。
素材集めの帰り、二人きりで岩場を歩いていた時だった。
自分が他人の心の機微に聡く無いのは知っていた。だが、何もここまで鈍くなくとも良いではないか。これはもはや罪だ。いや、今まで下らないと捨て置いてきた事への報いか。ただ言い訳が許されるなら、知りたかったのだ。いつも明るく笑い自らの暗い部分は決して表に出さない、同い年とは思えない程に感情を隠す事が上手いそいつを「故郷」が何故そうも揺さ振るのかを。それが隠した傷を抉るような行為だと、何故気付かなかった。
笑えばいいのか泣けばいいのか、それすらも分からないというように立ち尽くすティーダの前で、やはり俺も次ぐ言葉を見付けられず途方に暮れるのだった。

「どうしたんだよ、いきなり。」

立ち直るのは流石、ティーダの方が早かった。緊張に強張った肩は下り、引き攣った口許は笑みを形作る。普段の気安い雰囲気と言うにはまだ硬さが残るが、それも自分がその道の玄人であるから分かる程度のものだ。

「故郷に残してきたもの、かぁ…」

俺の返事が無くともティーダは話しを進める。外された視線は地面をさ迷い、やがて何も無い場所に固定された。これ以上考えさせてはダメだと思った。きっと泣いてしまう。いつも笑っているティーダの悲しんだ顔や困った顔が、俺はこの上なく苦手だった。

「俺は親がいない、」

咄嗟に出た声は、自分でも笑ってしまうほど必死だった。ティーダは弾かれたように俺の顔を凝視する。

「孤児院で育った。海の近くの、石でできた家だ。」

まじまじと俺を見詰めるティーダに焦りは募り、口は勝手に話すつもりの無かった事を話し出す。

「ある夫婦が経営していた。二人ともとても優しくて、俺達は本当の親のように慕っていた。」

訳が分からなくとも聞く事にしたのだろう。先を促すようにティーダは頷き、続きを待つ。これではいよいよ先を話さない訳にはいかなくなった。仕方なく、俺は一度は消えて、再び取り戻した過去の記憶を呼び起こす。

「同じ位の歳の子供が俺を含めて6人いた。仲は余り良く無かったと思う。だが、深い場所で繋がっていた。…幼なじみと、言うんだろうな。俺達は共に育って、離れ離れになり、そしてまた再会した。」

言い切って、ティーダの顔をチラリと見る。何故咄嗟にこんな話をしたのかは自分でも分からない。きっとただ泣いて欲しくないだけで、話は何でも良かった。

「その石の家が、スコールの残してきたものってこと?」
「…そうだな。いや、違うな。石の家にはもう戻れない。ただ…」
「ただ?」
「石の家から始まって、繋がっていったもの達が、あの世界にはある。」

それがあるから、俺は。
どう続けていいのか分からなくなって黙る。
ティーダは少し笑って、近くの岩に腰掛けた。それに倣って俺も隣に座る。仄かな体温が右から伝わってきて、幼い頃を思い出させた。よくこうして皆で海を眺めた。ママ先生が呼ぶまでずっと、飽きもせずに。温かな場所だった。

「故郷には、何も残してこなかった。」

ティーダの声は落ち着いていた。動揺の無い声。悲哀も悔恨も無く、遠い故郷をそっと慈しむようにティーダは言葉を紡ぐ。

「違うな、故郷は俺に何も残してくれなかったのかな。」

どっちなんだろ、分かんないや。そう言って笑うティーダの横顔は、やはり愛しさだけがあった。幼い頃、年上ぶった金髪の少女がしてくれたようにその髪を梳く。

「まさかあんな風に決別をするなんて思って無かった。」

快活で皆の妹のようだった少女のようにその手をとり、その少女の後ろをついて回った優しくて気の弱い少年のように指を絡めれば、存外強い力で握り返された。

「俺に全然優しく無い世界でさ、何度も何度もこんな世界って思ったけど、」

泣き虫で温かい海の目をした少年がしてくれたように、頬をそっと包む。ティーダは握っていない手を重ね、俺の手に頬を擦り寄せた。

「そこまで嫌っちゃいなかったんだ。」
「…泣きたいなら、泣け。」

出た言葉は、鋭い目で騎士を夢見た少年がくれた言葉だ。大好きな姉との決別の日、一人海を眺め膝を抱える俺に、あの石の家はただただ優しかった。

ティーダはまた小さく笑みを零し、俺の手を離した。そのまま立ち上がり、大きく伸びをする。

「そろそろ帰んないと、皆心配するかな。」
「………ああ。」

ティーダが俺の手をひき立ち上がらせる。すぐに離された手を追って隣に並べば、歩き出そうとした足を止めてティーダがそっと呟いた。

「故郷、か。遠いな。」

何故こいつはあの石の家に生まれなかったのだろう。
故郷への愛しさだけが滲む声に思う。

ひたすらに暖かいあの場所に、共に帰る事ができたなら。涙一粒も零さないティーダに、ただそう願った。





2011/01/06 03:19
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -