常に笑ってるってのも、中々に大変なのだ。

重い重い剣を引きずって歩く。こんな扱いをしてはまた世話焼きな仲間に叱られると分かっているけど、それでも持ち上げる気力は沸かない。俯いて猫背ぎみに、足元だけを見てダラダラと進む。
疲れた。凄く。終わりの見えない戦いも、親父との確執も、暖かな仲間達も全部全部。疲れた。
ようやく着いた目的地に、右手で引きずってきた剣を投げ捨てる。一瞬頭に浮かんだ仲間の顔は、忘れた事にした。どうせここには居ないんだ。緩慢に膝を付いて俯せで横たわる。軽く体を開いて耳を床につけ、大地の脈動は聴こえないかと耳を澄ました。儀式みたいなものだ。
ある日パンデモニウムで偶然に見付けた亀裂、目立たないそれに入ってみれば、奥にはぽっかりと何も無い空間が広がっていた。だだっ広いそこは四方が壁に囲まれ、遥か高い所に夜空が覗く。どうやらどこかに開いた馬鹿でかい穴の底のようだった。仲間達は誰も知らない、秘密の場所。どうしようも無く疲れたらここに来て、必ず同じ手順で床に横たわる。目を瞑って、呼吸を止めて、床にほんのり体温が移ったら俺は別人。今だけは明るくてよく笑う皆のムードメーカーのティーダじゃない別の誰か。
ゴロリと俯せから横向きになり、体を丸める。胎児のようなポーズで薄く目を開けると、誰かの足が目に入った。見覚えがあるよく知った足。バッツ、と口に出そうとして、止める。俺は今ティーダじゃない。だからバッツの事だって知らない。足は俺の前を通り過ぎ軽い音と共に腰を下ろした。それを見届けてから再び目を閉じて、呼吸を繰り返す事だけに集中をする。

いつ頃からか、秘密の場所にはもう一人やって来るようになった。俺と同じ様に明るくてよく笑う皆のムードメーカーであるバッツは、ここにやって来ては小さく切り取られた空を静かに眺める。必ず俺の隣、視界に入る位置に座って。今だっていつも通り足を伸ばして手を後ろにつき、俺に背を向けている。干渉されたくなくて背を向ける癖に、自分を認識していて欲しくてそこに座るのは、一人になりたいのにバッツが来てもこの場所から動かない俺と、よく似ていた。

「なぁ」

静かな声が、静寂を破る。ゆっくりと目を開ければ、いつもと同じ背中が目に入る。こちらを振り返る事は無い。

「なぁ」

聞こえて無いと思ったのか、背中の持ち主がもう一度言う。色素の薄い者が多い仲間達の中で、バッツの茶色い髪は目立った。柔らかく光を反射するその色に触れてみたいと思った事があるのが、唐突に頭を過ぎった。

「…なんスか。」

「流れ星って見た事あるか?」

ながれぼし、流れ星。

「ある。」

「そっか。」

またバッツは黙る。今度はこちらから話し掛けようか迷って、やっぱり止める。何より話題が無かった。流れ星が何だと言うのだろう。

「何を願った?」

「願う?」

バッツが会話を続けたのは意外だった。友人のように接してくる年上の仲間が、本当はひどく薄情な目をしているのを俺は知っていた。冷酷だとか残忍なのとは違う、世の中の理不尽さを良く知っているとでも言いたげな瞳。その理不尽さを受け入れる事に慣れ、執着することを止めた大人の瞳だ。
バッツは優しいが、残酷なまでに無関心だった。この他人を装った空間で、普段は巧妙に被った執着や関心の仮面を剥ぎ取ったバッツが俺との会話を繋げようとするのが不思議に思えた。

「流れ星に願いをかけると叶うんだよ。」

知らないのか?と問われて、記憶を探る。でもそんな話は聞いたことが無かった。答えを求めていた訳では無いのか、バッツは聞き直す事もせず黙り込んだ。始めと同じように広大な空間を沈黙が支配する。
ふと、今バッツが何を見ているのかが気になった。またあの大人の目をしているのだろうか。その目で見上げる小さな夜空には何が映るのだろう。

上体を持ち上げて、ズルズルと近寄る。相変わらずバッツはこちらを見ない。
伸ばされた膝に頭を預け、バッツと同じように空を見上げれば、やはり何の変哲も無い空が映るだけだった。この空を見つめて、バッツは何を思うのだろう。故郷の友か、愛しい人か。もしかしたら過去に亡くした人なのかもしれない。果てない闘争に見つからないクリスタル、励まし合う仲間と減らない敵。そんなものに疲れて、俺よりも大人のバッツもここへ来るのかな。
相変わらずバッツは空を見上げたままだ。しかしその手はそっと持ち上がり、俺の頭へと下ろされた。ゆるゆると髪を梳く。

唐突に、泣いているような気がした。
俺の頭を撫でていた手を掴んで握り、上体を起こす。繋いだ手はそのままにバッツの膝に乗り上げた。それでもバッツは動かない。

泣いている人を慰める言葉なんて知らない。俺はいつでも慰められる側にいた。バッツが泣いていたとして、俺が何を出来るって言うんだ。でも、もしも泣いているなら抱きしめたい。諦めばかりを瞳に映すこの大人を抱きしめて、キスをしてやりたい。
そう思って覗き込んだ顔は、泣いてなどはいなかった。でも、その瞳には今まで見たことの無い色が宿っている。後悔や懺悔、そんな色が混じって、あと一揺れもすれば溢れ出てしまいそうな、そんな色。

瞳が動き、こちらを見る。ようやくこちらを向いたバッツが、たまらなく愛しく感じた。
繋いでいた手を離し頭を抱きしめて、その唇に俺の唇を押し付ける。開いたままの瞳には、バッツの鮮やかな光彩が映った。俺の背中に回った暖かい腕に、泣きそうになった。

「流れ星に、何を願ったの。」

唇が再び触れ合うほど近くで囁いた俺の言葉に、ただバッツは静かな笑みを返すだけだった。



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2010/12/25 01:13
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