五つか六つの頃だろうか。少なくともまだ家族が3人だった頃だ。
昔、迷子になった事がある。生まれ育ったザナルカンドがその時だけは全く知らない顔をして、明るいネオンが冷たく俺を見下ろした。凄く怖くて、泣きながら父と母を呼び歩き回る俺を、道行く人はチラリとも見る事無く過ぎて行く。
やがて俺を助けたのは呼び続けた父でも母でも無く、若い警備隊員だった。警備隊員に手を引かれどんな話をしたかは覚えていない。異世界に来て以来曖昧な記憶では、その後家に帰りどうなったのかも、そもそも何故迷子になっていたのかも分からない。もちろん警備隊員の顔など思い出しようも無い。
ただ覚えているのは、若い男の警備隊員が助けてくれた事、警備隊員の与えてくれた安心感、それだけだ。もしかしたら両親は俺がいない事にも気付いていなかったのかも知れない。いや恐らく気付かなかったのだろう。きっと帰った俺に大した反応を示さなかったのだ。だからこそ強烈に、警備隊員に助けられた事だけが脳裏に焼き付いている。



*****



迷子になると、必ず昔故郷の街で迷子になった事を思い出す。と言っても、それを思い出す事自体今始めて思い出したのだが。
神々の闘争の最中、戦闘に必要の無い自分の世界の記憶は曖昧だが、こうしてきっかけを与えられると断片的にだが蘇る事もある。
今もそうだ。ケフカに追われ、不利を悟って後退したものの、何処をどう通ったのやら知らない場所に来てしまった。どこまでも岩が転がる平原が広がっている。ここは色んな世界の断片が混じり合っているから、たまにこうして見たことの無い場所に出ることもある。大抵少し歩けば見覚えのある所に出るのだが、今日はどれだけ歩けど知っている場所には辿り着かない。
身の丈の倍以上はありそうな岩が乱立する、寂しい場所だ。ケフカの事を考えると引き返すわけにもいかず、知っている場所に着く事を願って歩き続ける。

「寒いっスねー…。」

決して寒さを感じている訳では無いが、呟いてぶるりと体を震わせる。寂しい独り言はだだっ広い平原に反響することもせず消えていく。紛らわせるために言ったのに余計に孤独が増した気がした。思い出す。誰も助けてくれなくて、泣きながら歩き続けた日の事を。
若い警備隊員、名は何と言っただろうか。聞いたはずだ。全く思い出せない。

尚も歩く。どれだけ時間が経っただろうか。もう何時間も経ったように感じるが、それほど経っていないのかもしれない。そうだ、迷子になった時もそうだった。自分では何十時間も街をさ迷った気がしたのに、実際には1時間程度だったのだ。
足元だけを見つめ、記憶を掘り起こしながら歩く。
警備隊員は俺の手を引いて歩きながら、確か俺に沢山の質問をした。今日何をして遊んだかだの、将来何になりたいかだのそういった何でもない質問を。それに俺はどんな反応をしたのだったか。ぶっきらぼうに返事をした気もするし、にこやかに喋った気もする。でも警備隊員と会話をしたのは確かだ。

顔を上げる。やはり見覚えの無い景色が無機質に広がるばかりで、帰り道は見つから無い。立ち止まってしまいそうになるのを何とか堪えて、歩き続ける。
歩き疲れた俺を、警備隊員はどうしたのだったか。おぶってくれたのか、抱っこだったのか。警備隊員の体温を感じながら、俺達はやっぱり沢山の話をした。勉強は好きかだとか、友達とは仲が良いかだとか、そんな話。本当に何気ない日常の話。そうだ、俺は嬉しくて沢山返事をした。警備隊員の質問一つ一つに、精一杯答えを返した。

歩みが徐々にゆっくりとなって、遂には立ち止まってしまう。ダメだ、歩かないと帰れないのに。頭では歩き出さなきゃいけないって分かってるのに、足は全く言うことを聞いてくれない。足元を見つめる視界が滲む。
警備隊員は俺に聞いた。好きな子はいるのか、と。スポーツなら何が1番好きか、と。きっと彼にとってはどうでも良い質問だ。泣きそうな子供の気を紛らわせるための。でも、俺はその質問がずっとされたかったんだ。
たった二人、呼んでも助けに来てくれなかった二人に、そんな何気ない質問をされたかった。

ついに完全に立ち止まって、グス、と鼻を啜る。歩いても歩いても帰れない現状に、心が疲れてしまった。地面に座り込んで膝を抱える。
もう10年以上も昔の、しかもこんなに曖昧な記憶に何を泣きそうになることがあるんだ。今の今まで忘れていたくせに。でも、もう帰れなかったらどうしよう。もう二度と仲間の待つ聖域には帰れずに、こんな寂しい場所でずっと一人ぼっちだったらどうしよう。ここには家まで手を引いてくれる警備隊員はいないのに。
嫌な想像ばかりがグルグルと巡って、どうしようも無く泣きそうだ。

「………っ。」

誰かを呼ぼうとして、止める。誰を呼べばいいのか分からない。来てくれない父か、それとも仲間達か。仲間達は俺がいない事に気付いてくれているんだろうか。歯を食いしばっても結局涙は溢れ出し、零れ落ちては足元の地面に染み込む。顔どころか名前すら思い出せないいつかの警備隊員を必死に呼ぼうとするけれど、呼び方も分からない。
どうしよう、どうしよう。

もう顔を上げることさえ出来ないと、膝を抱えてうずくまっていた俺の足の先、硬質な鎧を纏った足が、ジャリ、と地面を踏み締めた。

「こんな所で何をしている、ティーダ。」

静かな声。何が起ころうと揺らがないその声には聞き覚えがあって、そっと顔を上げる。

「泣いているのか?」

想像した通り、目の前には相変わらず静かな表情を湛えたウォーリアが立っていて、俺を覗き込んでいた。

「ウォーリア…。」

「どうした。」

言いながら、ウォーリアは俺の腕を掴んで引っ張り起こすと、俺のズボンに付いた埃を叩く。


「…ケフカが。」

「追われたのか?フム…この辺りにもう気配は無いようだな。」

「うん。」

「さあ、帰ろう。」

中々帰ってこないから皆も心配している。そう言って、ウォーリアはごく自然に俺の手を取って歩き始めた。驚いてその手を見つめると、視線に気付いたのかウォーリアはもう一度、どうした、と言った。

「手…。」

「手?ああ。
疲れて歩けないのなら、背負おう。」

今度こそ唖然としてしまった。その間にも俺の手を離して地面に膝を付くウォーリアを見て我に返り、慌てて止める。光の戦士にそんなことはさせられない。

「大丈夫、大丈夫っス!歩ける!」

「そうか。では帰ろう。」

ウォーリアはあっさりと立ち上がると、やっぱり俺の右手を取って歩き始める。今度は抵抗せずに、素直に手を繋いで歩いた。
暫くは無言が続いたが、いつもより大人しい俺に何を思ったのか、会話を始めたのはウォーリアだった。

「ティーダ、今日は疲れたか。」

「…うん。」

「そうか。今日はどんな事があった?」

その言葉に、耐え切れずまた涙が溢れ出す。涙は止まらないけど堪えようもなく嬉しくて、思わず笑みが零れた。

「くくっ、ウォーリア、ふふっ、父親みたいっス。」

「そうか?」

ウォーリアの俺と繋いでいない右手が、優しく俺の涙を拭う。

「まだそんな歳じゃない。」

言いながらも、ウォーリアの口許は優しく弧を描いている。いつもはきつく前を見据える目も、暖かい色を帯びて俺を見ていた。
笑いは止まらないのに、涙も同時に止まらない。それでもウォーリアは俺の涙を拭い続けた。



そうだ、あんたみたいな父さんが良いと泣いた俺に、あの若い警備隊員もまた「まだそんな歳じゃないよ」と笑ったのだった。





2010/12/05 05:13
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