暗くて狭い岩の隙間。ティーダは不機嫌なのか黙っている。対してジェクトはこの状況を全く気にして無いらしい。呑気に「こりゃ中からは無理だな〜」などと壁を叩いている。
いたたまれない雰囲気に、俺は視線をさ迷わせた。

こんな状況になったのは至極単純な理由だ。

俺がティーダと共にカオス神殿を歩いていると、フラリとジェクトが現れた。俺達がいるのは向こうにとっても予想外だったのだろう。一瞬驚いた顔をしたジェクトは、すぐに舌打ちをして引き返そうとした。ティーダはそれを許さず、まだ距離のあったジェクトに向けてボールを放つ。しかしジェクトは軽々とそのボールを弾いてみせ、弾かれたボールは天井へ。
瓦礫は丁度俺達の上に降り注ぎ、3人仲良く瓦礫の隙間に閉じ込められたというわけだ。
俺もティーダも怪我は無いが、この狭さでは瓦礫を跳ね退けるにも足場が足りない。仕方なく俺達は男3人がなんとか並んで座れる程度の広さの空間で助けを待っていた。俺を真ん中にして左にジェクト、右にティーダが座っている。帰らないことに気付けばクラウドかセシルが探しに来てくれるだろう。

皇帝やクジャでは無くジェクトだったのは不幸中の幸いだが、そもそもジェクトがいなければ今の状況にならなかったと思えば心中は複雑だ。

ポツリ、ポツリとジェクトと言葉を交わす。ティーダはこの状況になってから一言も話さない。ジェクトがこんなに近くにいるなら仕方が無いかと、そっとしておいた。
助けはまだ来ない。



*****



さっぱりとした気性のジェクトとは話していて楽しい。武器や戦い方など敵とはいえ興味深い話ばかりで、気が付けば結構な時間がたっていた。
そういえば、俺はジェクトとずっと話していたがティーダはまだ一言も喋っていない。寝ている様子は無いし、閉じ込められて優に2時間は経過しているのに流石にそれはおかしくないかと考えて、ヒヤリとした。怪我をした気配は無かった。体調の悪そうなそぶりも。
改めて意識して、ティーダの気配がやけに薄いことに気付いた。そこにいることは分かる。分かるけれど、他に気にかかる事があれば忘れてしまいそうなぼんやりとした気配。
何故この状況で気配を殺す必要があるんだ。いくらジェクトが側にいるからといって、ティーダがこんな事をするのは見たことが無い。
丁度会話と会話の間の空白、ジェクトも同じことに気が付いたのだろう。

「おいガキ、なーんで気配消して…」

ビクリと、ティーダの肩が跳ねる。衝撃が俺を通してジェクトに伝わるほどに。

「へ、あ、え、何?」

自分が話し掛けられるなど、かけらも予測していなかった。声がそう如実に語っている。この狭さで、この距離で?
ティーダの意図が分からず、問い質そうとした時だった。

「フリオニールー!ティーダー!」

遠くから、セシルだろうか、かすかに仲間の声がする。俺が声を上げようとするのを制して、ジェクトが大きく指笛を吹いた。セシルの声が近くなって、ガラガラという音がする。
程なく真っ暗だった空間に一筋の光が差し込んだ。



*****



秩序の聖域に戻ったティーダと俺は夕食当番のジタンが取り分けておいてくれた食事をとり、今はテントで寛いでいる。
あの後ジェクトはセシルに軽く礼を言って、そのまま帰ってしまった。あの空間から出ると、ティーダはいつものティーダに戻っていた。ジェクトの言葉に反応し、立ち去る後ろ姿に悪態をつく。ジェクトがいなくなれば明るく笑い、「もう二度と出れないかと思ったっス」などと冗談まで言ってみせた。
あの時見せた行動は何だったのか。父親と近かったからだとは到底思えない。知るためには本人に尋ねるのが1番早いだろう。

「ティーダ」

「ん?何スか?」

「さっき閉じ込められてた時なんだがな、」

言い終わらないうちに寝転んで寛いでいたティーダが飛び起きた。苦笑いというか、照れた笑いを浮かべて頭を掻く。まるで怒られるのを知っていて何とか回避しようと大人に愛想を振り撒く子供のような…

「あー、あの時な、ごめんな。」

「は?」

「俺邪魔だったっスよね?ちゃんと邪魔しないように静かにしてたつもりなんスけど…。まさか親父が俺のこと気にするとは思わなくて。」

「なに、を言っているんだ、ティーダ?」

「いや、だからさ、親父がフリオニールに意識向いてるの邪魔しちゃって、ごめんな。」

言っている意味が分からない。
困惑してティーダを見つめる俺に、怒っていると勘違いしたのだかろうか、ティーダは必死に言葉を並べたてる。

「ホラ俺えーっと、ちゃんとさ、親父と喋ってるの邪魔しちゃいけないって分かってるんスよ。よく母さんにも邪魔するなって言われてたし。昔は失敗多かったけど、最近は結構上手くなったと思ってたんだけどさ。親父に話し掛けられてビックリして。ほんとゴメン。あの…」

俺の顔色を伺いながら喋るティーダだが、それでも俺が黙っているのを見てとると次第に語尾が曖昧になり言葉も途切れる。

「ティーダ。」

「あ、な、何スかフリオニール?ほんとにゴメンな。まさか親父と喋ってるのにフリオニールまで俺のこと気にするとか思って無くて…」

「ティーダ!」

「はいっ!」

「お前は…。」

言葉が詰まる。
じゃあこの子供は父親と喋る『誰か』のために気配を殺し続けてきたというのか。自分がその邪魔をしないように。『誰か』が母だろうと友人だろうと関係無く。当然のように、父親と共にいる時に自分の事に気付くわけが無いと思っているのか。
気付かなかったのはきっと母親。邪魔をすると怒ったのも母親。
そんな、だって、この子は母親について「すごく優しかった」と語っていたのに。

「フリオニール、怒ってるっスか?」

この子の中では、それらはあまりにも当然の事なのだろう。春がやがて夏になるように、冬に雪が降るように。興味を持たれない自分というのが、世界の理に近くこの子の中に存在している。悲しくは無いだろう、だってそれは当然のことなのだから。
少なくとも、この子は当然だと信じているのだから。

「怒って無い、怒って無いよ、ティーダ。」

ただどうしようもなく悲しいだけなんだ。
ジェクトはきっと知らない、目の前でほっとしたように笑う子供の世界がどう成り立っているのかなんて。

「ティーダ、お前が幸せになることを、俺はいつでも願ってるよ。」

きょとんと目を丸くさせたティーダは、困ったように笑って「意味分かんないスよ」と言う。
分からなくてもいいさ。



君を幸せにしてやれたらいいのに。





2010/11/18 10:59
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