目の前の顔に、キスをした。しようって思ってしたわけじゃなくて、本当に何となく。
頬に、額に、髪に、鼻に、キスをするたびにティーダは笑った。「どうしたんスか、くすぐったいっスよバッツ。」って笑った。その笑顔に、胸の奥の方の普段は意識して隠している本能みたいなものが燻るのを感じる。楽しそうに笑うティーダはきっとこれから起こる怖いことなんてかけらも予想して無いんだろうな、と思ったら、可哀相で愛しくなった。

「もう、何なんスかバッツ、」

押し返す手を絡め取って指にも手の平にもキスを降らす。右手にも、左手にも。ティーダはまだ冗談だと思ってる。なぁ、気付けよ。お前今完全に抵抗封じられちゃったんだよ。
クスクスと笑う顔、グッと近付けば流石に驚いたみたいで身を引くけど、繋がった両手がそれを許さなかった。もう遅いよ、もう逃がしてやんない。唇と唇が合わさる。繋がった両手が強張って、一瞬の後に振りほどこうと暴れだした。俺の左手、ティーダの右手だけを解放してやって、今度は腰を抱き込んだ。体が密着したのに伴ってキスも深くなる。
解放された右手でティーダは必死に体を押してくる。ティーダにとっちゃ必死の抵抗なんだろうけど、俺にとっては戯れみたいなもんだ。
知ってるか、俺とお前は3つも歳が離れてるんだよ。お前はまだ子供で、俺は大人なんだ。

「ふ、んっ、んむっ、」

耐え切れなくなったのか、声が漏れだす。抵抗も大分弱くなった。もう片方の手も解放して、今度はシャツの裾へ。ちょっと期待したけど、ティーダの腕は俺の背中には回ってくれなかった。まぁしょうがないか。もっと意味わかんなくなるまでドロドロにしてやったらいい。
段々と力が抜けて足なんかガクガクさせ始めたティーダをそっと地面に押し倒す。頭を打ってしまわないようにまずは座らせて、頭と背中を支えてやりながら倒してのしかかる。

慣れてないみたいだし、一回息させてやった方がいいかな。少しだけ唇を離して目を開ける。ハッハッと荒く息をするティーダの固く閉じられた目からは、ボロボロと涙が零れていた。
もう一回キスしようと思ったけど、予定変更。零れる雫を舌で舐めとれば、大袈裟なほどにビクつく体。可哀相に。可哀相で可哀相で、ひどく可愛い。

「ひっ、もうやだ、やだバッツやめ、」

嫌がる声は無視して少ししょっぱい首筋を舐める。手の平は無防備な服の中に容易く侵入して、綺麗に割れた腹や脇腹を撫でている。

「やだ、助け、助けて」

あぁ、親父さんを呼ぶんだな、って思った。ティーダが本当は父親のことを好きで好きで溜まんないのなんか見てれば分かる。今はまだ子供すぎて、ティーダ自身気付いてないだろうけど。それともクラウドか、フリオニールかもしれない。自他共に認めるティーダの保護者に、ティーダはとても懐いているから。

「たすけて、アーロン」

だから出てきた知らない名前に驚いて、スキを見せてしまった。

そんな分かりやすいスキを見逃すほど、ティーダだって未熟じゃない。腕の中にあった体はあっという間に消えて、遥か遠く。
その夜俺はクラウドとフリオニールに二人がかりで怒られた。ティーダはセシルにくっついて逃げるようにテントに入ってしまって、きっと当分近寄ってくれないだろう。惜しいことしたな。ティーダがあの時あんな名前さえ呼ばなければ。



*****



「って事があったんだけどさ。アーロンって誰?」

夢の終わり、向き合って武器を構えたジェクトが一瞬息を詰めて、それから深々とため息をつく。

「兄ちゃんよぉ、今自分が誰に何言ってるか分かってんのか?」

「当たり前だろ?」

ティーダの父親に、ティーダが呼んだ名前の正体を聞いてるんだ。

「そうかよ。じゃあアレだ。」

「ん?」

「お前は俺に殴られても文句はねぇよな。」

言葉と同時に、恐ろしい速度で拳が飛んでくる。何とか避ければ、次は蹴り。命からがら3発避けた所で、一先ず攻撃は止んだ。ジェクトはまた大きなため息をついてガシガシと乱暴に頭を掻くと、その場に胡坐をかく。そろそろと近付いても、もう拳は飛んでこなかった。

「そうかぁ、あのガキはアーロンを呼んだか…。」

『アーロン』の名前は、ジェクトを落ち込ませるには十分だったようだ。俯いたまま顔を上げない。俺の質問に答える気は無いらしい。

「しっかしまぁ、何でテメェはうちのガキに手なんか出したんだ?」

いつも一緒にいる他二人じゃダメなのか、なんて。なんだ、そんなの決まってるだろう。

「スコールとジタンに手出せるわけないだろ?」

「あん?何でだ。」

「一緒にパーティ組んでる可愛い子供たちだからな。」

泣かせるなんて、かわいそうだ。
言い切る前に目にも留まらない速さの拳が飛んできて、今度こそ避けきれなかった俺は遠く離れた観客席までぶっ飛ばされた。







*****

逃げたティーダのその後。



フリオニールが休憩をとっていると、目の前に発光する円が滑り込んできた。見覚えのあるそれは、記憶が確かならばバッツの宿敵のものであったはずだ。
慌てて立ち上がり戦闘体制を取ると同時に、予想通りエクスデスが一瞬で目の前に現れた。

「くそっ、エクスデス!」

「待て。」

切り掛かろうとすれば、それより早く制止の声がかかる。珍しいことに戦意が無いらしいエクスデスは、よく見ればその腕に見知った人を抱えていた。

「ティーダ!?一体どうしたんだ!」

慌てて駆け寄るも、ティーダはエクスデスの鎧に顔をうずめたまま、こちらを見ようとしない。

「エクスデス、ティーダに一体何を!!」

「儂は何もしておらぬ。…しかし、まあ。」

悪いことをしたな。
続けられた予想外すぎる一言にフリオニールが固まっている内に、エクスデスに降りるよう促されたティーダは渋々といった呈でようやくエクスデスから降りる。だがエクスデスのマントを握りしめたまま決して離そうとしない。

「む。小僧、離さんか。」

目を真っ赤に腫らしたティーダはますます俯き、マントを握った両手に力を込める。口はぎゅっと引き結ばれて、今にも再び泣き出してしまいそうだ。
ようやく我に帰ったフリオニールが宥めすかしてマントから手を離させたが、マントには見事に皴が寄ってしまっていた。

「すまない、皴が…。」

「ふん、まあ良い。」

少しの逡巡の後、エクスデスはまるで撫でるかのようにティーダの頭に二度ポンポンと手を置くと、そのまま何事も無かったようにまた立ち去っていった。

「ティーダ…何があったんだ?」

真っ赤な目でエクスデスが去っていった方向をじっと見つづけるティーダ。その手はフリオニールの手を握りしめて離さない。
根気よく聞いた結果ようやく返ってきた返事に、この後フリオニールは激怒することになるのであった。





2010/11/15 05:19
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