「おい、ケーキ焼いたから食えよ」

ホールケーキの乗った皿を手に抱え現れたゼルを一瞥し、サイファーは手元のハイぺリオンに視線を戻した。潔癖なまでに磨き上げられた刀身が鈍く光を反射する。満足気に頷いたサイファーの目の前に、視界を遮るようにズイと差し出されたものがある。言うまでもなく件のケーキである。飾り気のないチョコレートケーキはムラの一つも無く、完璧な佇まいをしていた。それを眺め、ようやくサイファーは顔を上げゼルと視線を合わせた。

「いつ帰ってきた」
「二時間前」
「天国に一番近い島だったか?」
「おう。洞窟に四か月な」
「そうか」

そしてまたハイぺリオンに視線を戻す。

「食えって」
「最後に寝たのはいつだ」
「……八十時間、前?」
「寝ろ」
「いやケーキ食えって」

俺が焼いたんだぞ、と言いながらゼルがサイファーに纏わりつく。遠巻きに見守っていた生徒たちが、ざわりと反応した。
そもそもここは昼時の食堂である。混み合っているというのにサイファーの周りだけがポッカリと空いているので、尚更注目が集まる。だがゼルもサイファーも気にした様子はない。あの戦争から後、何処にいても注目されるので視線にはすっかり慣れ切っていた。

「何でケーキだ」
「いやなんか、もう寝る以外なんもしねぇって思いながら洞窟出たんだけど、帰りの飛空艇の中で部隊のヤツがチョコレートケーキって意外と簡単なんですよとか言うから」
「寝ろ」
「食えって」
「自分で食え」

飛空艇の中で交わされた会話も、間違いなく疲れすぎてハイになった結果の下らない話である。ようやく帰れるという安堵とつい先程までいた戦場での緊張がない交ぜになり、気分が高揚して逆に眠れないのだ。サイファーにも覚えがあった。一週間不眠不休で作業をして、帰りの列車で犬派と猫派に別れて熱く議論したのは封印したい思い出だ。SeeDなら誰しも、任務明けのそんな記憶を持っている。

「なあ、なあ食えって俺のケーキ」
「いらん」
「頼むから」
「自分で食え」

懇願じみた、涙の混ざった声で必死にケーキを差し出すゼルを、サイファーがじろりと睨む。人を殺せそうなほど凶悪な視線を受け止めたゼルは、しかし怯むでもなく温い笑みを浮かべた。

「俺甘いのそんな好きじゃねぇんだ」
「俺もだ」

二人の間に沈黙が落ちる。ふう、と小さく溜め息を漏らし、いっそ慈愛さえ感じさせる笑みを浮かべ、ゼルは一言だけ言った。

「寝るわ」
「おう」

ケーキはその後、やってきたセルフィが丸々食べた。





「知ってるかい、ゼルの身長が170センチを越えたんだ」

手元の本に影が落ちるのを見てキスティスが顔を上げると、それを待っていたかのように隣に立っていたアーヴァインが口を開いた。中庭の芝生に座って見上げると、アーヴァインの長身はまるで巨人だ。座ることを促すこともせず、ましてや合わせて立ち上がることもせず、キスティスはパタンと本を閉じる。

「そう」

素っ気ない返事に、しかしアーヴァインは酷く満足そうに頷くと、キスティスの伸ばされた足の横に座り込んだ。ニコニコと笑みを浮かべる目元には、濃い隈が出来ている。

「エスタだったわね」
「エスタって言うか、うーん、エスタの辺境の山奥だよ」
「そこに三か月」
「ふふ、死ぬかと思った」

何が楽しいのかふわふわと笑って、アーヴァインがキスティスににじり寄る。

「ねぇ、成長って素晴らしいと思わな〜い?」
「そうね」
「僕はね〜、僕は成長って言葉が世界で一番好きなんだよ。何てったってこう、夢が詰まってるからね、成長って言葉には」
「あなたこの間は博愛が一番って言ってたわよ」
「なら僕は博愛が一番好きなんだね〜」

見る人間全てに好感を与えるような笑顔だが、よく見ると目の焦点は合っていない。この手の目には、キスティスも覚えがあった。辺境に赴き不眠不休でゲリラを掃討した後に覗き込んだ鏡の中で、自分がしていた目にそっくりだ。
それを確認し、キスティスは再び手元の本を開く。ようやく犯人が分かりそうなのだ。どうしても続きが気になる。

「ゼルもいつかさ〜、結婚しちゃったりして、ゼルそっくりの子供が生まれたりしちゃうんだろうね〜」
「そうね」
「そしたら僕さ、その子供を成長ちゃんって呼ぶんだ〜。ゼルの成長の証って意味で」
「やめなさい」
「え〜? あ、そっか。博愛ちゃんか」
「寝なさい」
「え〜?」

アーヴァインの頭がぐらぐらと揺れる。トレードマークのテンガロンハットは最初から無かった。大方どこかで落としてきたのだろう。任務明けに泥のように眠って、起きたら持ち物が無いというのはガーデンでは良くあることだ。お蔭で教員室の落し物箱は常に満杯である。

「ねぇ、キスティスはどんな言葉が好き〜?」
「今良い所だから、ちょっと黙ってちょうだい」
「キスティスはさ〜、恋とか夢とか、そういうのが似合うよね」
「あなた本当に寝た方がいいわ」
「僕さ、キスティスの誌を書くよ。それでトゥリープ様ファンクラブの会報に送る」
「寝なさい」
「キスティ、君はまるで蝶々、お花畑の黄色い蝶、チューリップの…」

そこまで言って、ピタリとアーヴァインが口を噤む。キスティスが顔を上げると、アーヴァインは目を閉じて微笑みを浮かべていた。こうしていると、彫像のように彫の深い整った顔立ちというのが分かる。
たっぷり五秒目を閉じて、ゆっくりと瞼を持ち上げたアーヴァインは、幾人もの少女たちの頬を染めてきたであろう笑顔で一言言った。

「寝るよ」
「おやすみなさい」

トゥリープ様ファンクラブの会報に、誌の投稿コーナーは無い。





「顔に纏わりつくと思うんだ、ムンバの毛が」
「さよか〜」
「でもそれを乗り越えなければ、あのフカフカには辿り着けない」
「せやな〜」
「試練だ。俺は試されている」
「ほんまやわ〜」
「ああ、ほんまなんだ」
「発音まちごうてるで〜」

美貌の総司令官が一か月の長期任務に就いていることも、つい先程帰還したことも、この一か月まともに休息を取れていないことも、学園の其処彼処で噂されていて知らない者はいない。その総司令官が自分の斜め後ろに立っていることに周りの者たちの視線で気付いていながらも、セルフィは一切振り返ることなく金槌を振るった。学園祭までは一か月を切っている。余計なことをしている暇は無い。

「冬毛はモフモフだが、ちょっと臭うんだ。夏毛はボリュームが足りないが、臭わない」
「うんうん」

トンテンカンとセルフィの金槌がリズミカルな音を経てる。しゃがんで作業をするセルフィの背中を見詰めながら、スコールは両手をまるでムンバの大きさを表すように動かし、普段はむっつりと引き結ばれている口を開く。

「でも夏は汗で余計に毛が張り付くだろう? だからやっぱり冬の方がいいと、俺は思うんだ」
「な〜」
「臭うのは一緒に風呂に入ればいいしな」
「分かるわ〜」

トンテンカン、金槌の音は止むことなく鳴り続ける。スコールが黙ってしまうと、その場は息を止めて二人の遣り取りを見詰める生徒たちの視線と、セルフィの金槌の音だけに支配された。もう幾度か手で大きさを表し、その体勢のまま止まったスコールがセルフィの背中をジッと眺める。その内何を思ったか、隣に同じ姿勢でしゃがみ込むとセルフィの手元を眺めた。世にも珍しい総司令官の姿に、見ていた生徒たちが目を見張る。

「ムンバはな、顎の下を撫でられるより耳の後ろが好きなんだ」
「そら知らんかったわ〜」
「そうだろう。特別に、もっとすごい秘密を教えてやろうか」
「なになに〜」

幼い子供のような仕草で、スコールがセルフィの耳元に手を当てる。幼い頃にした内緒話を思い出し、ようやくセルフィは少しだけスコールの方に体を傾けてやった。

「俺はな、ムンバが好きなんだ。ライオンの次くらいに」
「そら重大な秘密やわ〜」

少しの間止まっていた金槌の音が、また再開される。トンテンカンと楽しげな音を立てるセルフィの手元を、スコールは黙ったまま熱心に眺めた。
三つ釘を打ち終わり、セルフィが右手に持った金槌をくるくると鮮やかに回して見せる。普段ヌンチャクを愛用しているだけあり、再び綺麗に右手に戻った金槌は、その勢いのままスコールに向けられた。

「寝たほうがええで〜」

マイクのように突き付けられた金槌を見て、スコールはまるで幼い子供のように一つ頷く。眉間の皺がない顔は疲れのためかあまりに生気が無く、人形のようだ。

「そうしよう」
「ほなおやすみ」

その日、購買にあったムンバのぬいぐるみは完売した。





「おい、てめぇは猫だろう」

出会い頭に胸倉を掴んできたサイファーに、アーヴァインは見た目だけなら穏和に見える笑みでもって答えた。丁度新しい銃弾のための火薬を調合をしようとしているところで、両手にはそれぞれ種類の違う火薬の入った袋を持っている。

「僕は人間だけど」
「そんなもんは見りゃあ分かる」
「だよね〜」

やんわりと手を払ったアーヴァインに逆らう事なく、サイファーが手をどける。それを確認して、アーヴァインは歩みを再開した。しかし一歩を踏み出す前に、眉間に深い皺を刻んだサイファーが肩を掴んで阻止をする。

「で、てめぇは猫なのか」
「僕は、君は今すぐ部屋に帰って寝るべきだと思うかな」
「そんなことは分かってんだよ、猫なのか」
「ん〜」

またそっとサイファーの手を外して歩き始めたアーヴァインに、サイファーは尚も食い下がって隣に並んだ。サイファーの醸し出す剣呑な空気を感じてか、廊下は自然と人垣が割れ道が出来る。

「まさかてめぇも犬とか言うんじゃねぇだろうな」
「そうだねぇ」
「チッ、このヘタレ野郎が」
「口が悪いよ〜」

ゆっくりと歩くアーヴァインの左横を、足音も高く、しかし決して離れずサイファーが歩く。なんとも珍しい二人組に、図書館から出てきた候補生が目を開いて一歩後退した。普段は自分に怯えた様子を見せた生徒を忌々しげに睨んでみせるサイファーだが、今はアーヴァインしか目に入らない様子である。
サイファーの左手には固くハイペリオンが握られ、鈍く光を反射していた。本来ならば少々潔癖のきらいがあるサイファーに磨き上げられ眩いほどの輝きを放っているはずのそれに、アーヴァインがチラリと視線を向ける。

「ねぇ、ここガーデンだよ」
「あ? 馬鹿にしてやがるのか」
「分かってるならいいんだ」

二つの火薬の袋を右腕に抱え直し、常に浮かべたままの柔和な笑みを崩さぬまま、アーヴァインは小さく肩を竦めると空いた左手でサイファーの背中を軽く叩く。そして長身に見合った長い腕が、同じく大柄なサイファーの肩を抱くように周り、一瞬だけ撫でて離れた。撫でられた左肩の先には、ハイペリオンを握った左手がある。固く握られ過ぎたせいで掌には爪が食い込み、腕全体は小さく震え、どんな戦闘にも耐え抜いたほどの強度を持つ柄が僅かに軋んでいる。

「おい、はっきりしやがれ。犬なのか、猫なのか」
「あ〜、そういう話だったのか、どっちが可愛いかってこと?」
「だから最初からそう言ってんだろうが!」

質問に答えないアーヴァインに、痺れを切らしたようにサイファーが声を荒げた。理不尽な怒りにも、アーヴァインは動じることなくもう一度肩を竦めるだけだ。そして右腕に抱えていた火薬の袋の内の一つをもう一度左手に持ち直すと、やはり質問には答えないままチラリとサイファーの左手を見る。

「ほら部屋についたよ。寝たら?」
「……」
「僕は猫の方が好きかな」
「…ふん」

鼻を鳴らし、サイファーが扉のロックを解除する。それきり振り返りもしない背中と、力が抜け剣をぶら下げるだけになっている左手、そして素気無く閉められたドアを眺め、アーヴァインはやはり柔和に微笑んだ。

「おやすみ」

アーヴァインの個人端末には、子犬画像専用フォルダがある。





「新作コスメが出たのよ」
「……」
「春限定の三色展開。一番は色が華やかすぎるし、三番は渋すぎるわ。やっぱり二番かしら」
「…取り寄せよう」

ペシリ、ペシリと普段を知っていればいっそ可愛らしいほど力の無い音が指令室に響く。その音を聞きながら、スコールは手元の書類にサインをした。渡された紙の束は分厚く、まだ三センチはある。これら全てに目を通しサインをし終わるまで、この音は止まないのだ。
音をたてる張本人、キスティスは愛用のムチを力無く地面に打ち付けながら、来客用のソファに座っていた。ゲリラを掃討してきたばかりとは思えぬほどに完璧な身だしなみだが、虚ろな目と濃い隈、そして僅かにほつれたスカートの裾が疲れを物語っていた。

「私、オレンジってイメージじゃない。ピンクほど若々しく無いっていうか」
「……」
「老けて見られるようにしてたからそれはいいの。でももうそんな必要も無いんだし、やっぱり一番でもいいかしら」
「…三色とも取り寄せよう」

規則正しく床を叩くムチに、スコールは目もくれない。ただサインをするスピードが速くなる。もう殆ど書類など読んでいないのではないかという速さで紙を捲り、叩き付けるように右手が名前を綴る。しかし文字数の多い名前は速さにも限界がある。ファーストネームもファミリーネームも短い幼馴染の一人を思いだしながら、スコールは右手が攣るほどの速さでサインをし続ける。

「痩せすぎだし、戦闘には向いてるんだけどパーティーだと霞むわよね」
「……」
「女性的な部分もあまり無いから、胸元がストンと落ちちゃってドレス似合わないの。かといってシフォン系はもっと似合わないもの」
「…エスタの将軍が、息子の嫁に来ないかと言っていた」

不意に床を叩いていたムチの音が止まる。釣られて目を上げたスコールが見たのは、蛍光灯の光に手を翳すキスティスの姿だった。光を遮っているのかとも思ったが、どうやらそうでは無く自分の手を眺めているようだ。僅かに首を傾げ、自らの白い手をしげしげと眺める様はどこか病的でもある。何と声を掛けていいか分からず、スコールは再び書類にサインをする作業を開始した。

「ネイルもね、したのよ。だって女性らしいでしょ?」
「……」
「でも戦闘後に見ると剥がれちゃってて、無性に悲しくなったの。無理に繕ったって、あっという間に剥がれるなんて、私の人間性と一緒だわ」
「…格闘クラスの生徒に、剥がれないネイルを聞いておこう」

シンとした指令室に、ペンの音と紙を捲る音だけが響く。それだけが、この部屋に二人の人間がいるのだという事実を伝えていた。この部屋の主であるというのにスコールの気配は押し殺され、息遣いも聞こえない。スコールの緊張を表すように、部屋には緊迫感すら漂っている。ごくりと、スコールの喉が鳴った。

「髪にウェーブが掛かってたら、もっと柔らかい雰囲気になったのかしら」
「……」
「こんなにストレートじゃ、刺々しいイメージでしょう? 色も金色過ぎるわ。せめてハニーブロンドだったら良かったのに」
「…美容室を予約しておこう」

スコールがペンを置くのと、キスティスが手を下すのは同時だった。顔を向けたキスティスに、スコールが重く頷く。

「ご苦労だった。休んでくれ」
「ええ」

ゆっくりと立ち上がったキスティスが、手に持ったムチを引きずったままふらふらと指令室を出て行く。軽い音がして扉が閉まったのを確認して、ようやくスコールは心からの溜め息を吐いた。深く背もたれに体を埋め、眉間の皺を揉み解してキツク目を閉じる。

「…ゆっくり休め」

スコールは少し考えて、学園のサイトにお見合い相手募集の広告を載せた。





「学園祭が、できないぃ〜」

手の甲で瞼を押さえ、鼻声で言うセルフィにゼルは手元の工具をその場に置いた。ガーデンの工作室は深夜にも関わらず沢山の人がおり、皆が皆熱心に手元を見詰め作業をしている。かく言うゼルも、今の今まで新しい武器に改造を施していた。そこにふらふらと入ってきたのがセルフィである。
ゼルはチラリと部屋の中を見回し、そしてそっとセルフィの手を引いた。セルフィは抵抗することなく促されるままゼルの隣にあった椅子に座る。その間も、片手は目元に押し付けられたままだ。

「学園祭、終わっただろ」
「でも準備が終わんないんだもん」
「だからさ、準備も終わって、本番も終わっただろ。次は来年だぞ」

泥の付いたままのセルフィのブーツを見て、ゼルは少し眉を顰めた。セルフィが二週間ばかり最前線に送り込まれたことも、敵地のど真ん中で孤立し奮戦したことも知っている。ガーデン中が大騒ぎになったからだ。ゼルは引っ張った時に繋いだままの手を揺らし、そっと力を込めた。
セルフィの言葉遣いは幼い。いつもの標準語でも、トラビア弁でも無く石の家にいたころのように喋る。疲れのあまり精神が退行するのは良くある話だ。ガーデンに着くまではきりっとしていても、ガーデンに着いた途端に教師のことをパパママと呼ぶなんて日常すぎて今更誰も反応しない。呼ばれた教師も普通に返事をするレベルだ。
ゼルだって、帰還して真っ先に会ったサイファーに苛められると思い込み、泣き喚きながらまま先生の所に逃げ込んだことが何度かある。しかし誰もそのことをネタにゼルをからかったりはしない。暗黙の了解なのだ。俺も見逃すからお前も見逃せよ、という。

「学園祭、準備したのに〜」
「準備間に合ったじゃねぇか」
「でも出来ないぃ」
「なんでだよ」

いつの間にか工具の音が再開し、工作室に金属を加工する音が響く。見逃すから、見逃せよ。そういうことだ。
地団太を踏むセルフィの足を、ゼルがそっと抑える。繋いだ手はそのままに、ただ力を込める。

「ぜったい失敗する」
「しなかったって」
「する」
「成功した」
「うそつき」
「嘘じゃねぇよ」

セルフィが目を押さえていた手を僅かに離した隙を付いて、ゼルがその手も握り込む。鼻を真っ赤にしたセルフィが、涙目で恨めしそうな顔をした。

「もう寝ろよ」
「でも学園祭が間に合わないもん」
「間に合ったって」
「うそつき」
「うそつきって言うな」

ゼルよりももっと強い力で、セルフィが繋いだ手を握りしめる。それを確認して、ゼルは小さく笑うと立ち上がった。両手を引っ張られてセルフィも同時に立ち上がる。
カチャカチャと無数の音がする工作室に、二人以外の人の声はしない。

「な、寝ろよ」

そっと身を屈めてセルフィの瞳を覗き込み、ゼルが言う。潤んだ目を隠そうともしないまま、セルフィは口を引き結んだ。それにまた笑って、ゼルが繋いだ手を揺らした。力なく垂れ下がったセルフィの手は、ゼルにされるがまま左右に揺れる。

「…でも、学園祭」
「俺が手伝ってやるから」
「ぜったい?」
「絶対。だから大丈夫」
「やくそくね」
「約束する」

それまでとは打って変わって、ようやくセルフィが破顔した。溜めていた息を吐きだして、頬を染めて笑う。ゼルは笑みを深め、屈めていた背を伸ばして揺らしていた手を止めた。
ゼルを見上げながら、セルフィの方からそっと手を離す。呆気なく離れた手を振りながら、セルフィがドアに体を向けた。一歩踏み出して、思い出したように止まると振り返る。

「ほな、おやすみ」
「おう、おやすみ」

ゼルは5年連続、学園祭実行委員をやっている。






2012/12/26 03:44
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