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桜舞う夢ノ咲学院。入学当初は、きっと色んな「ときめき」や「きらめき」が溢れているのだろうと期待ばかりを膨らませていた。
そんな学び舎の門をくぐるのも、もう三年目に突入しようとしている。





アイドル育成に特化した学院では、昨年ついにプロデュース科が新設されることが決定した。
委細は省くが、生徒会役員だったことをきっかけに、学内テストケースとして転科し、私、橘アサヒがアイドルの卵たちと共に学院生活を送るようになった。男所帯に紅一点というやつだが、特にロマンスがあるわけでもなく。

一年経った現在、学外テストケースとして、新たに女の子が転入してくるらしい。
私は昨年一年間でプロデューサーとしての能力が十分ついたと見なされたため、彼女のサポートをするようにと学院からお達しを受けた。その女の子が、この夢ノ咲にどんな「ときめき」と「きらめき」を運んでくれるのか楽しみでもあり、半ば諦めの気持ちもあった。





夢ノ咲学院アイドル科は、学年が上がるごとに教室がある階が下がっていくという特徴がある。階が違っていても、クラスは2つしかないのだから、自分のクラスを間違えることはない。
クラス数が少なく、見知った顔と学院生活を過ごせるため、十二分に交友を深められる利点もあるが、一度関係が悪くなったクラスメイトともかなりの確率で遭遇する欠点もある。今の私にとっては、後者がとくに気が重くなる原因だった。けれどそれも、二年目となると慣れてしまう。

まるで亡霊のように挨拶もせず教室に入る。
まだ始業20分前だが、今日は春休み明け初登校の日だ。もうクラスの席はほとんど埋まっていた。
年度初めは出席番号順に座ることになっている。教室の中央で、背筋をぴしっと伸ばしお手本のように、それでいて優雅に着席しているブロンドがいた。
ぴたり、と身体が凍ったように動かなくなる。
――そんな馬鹿な。
――彼はいま入院中のはずだ。
我に返って軽く頭を振る。
再び目を向けると、やはりそこには誰もいない。
一年前の光景が、幻となって現れたのだろうか。余程自分は疲れているのだ。

空いた席の主は、天祥院英智。実家はかの大財閥天祥院家で才色兼備・容姿端麗。体が弱いことを除けば、どんな分野においても叶うものはいないと思わせるほどなんでもできる完璧超人。茶目っ気を利かせて言えば、カリスマ性あふれるカリスマお化けでもある。
――そして、生徒会長に就き、今の夢ノ咲学院のトップに君臨する『皇帝』。反逆・反抗はもってのほか、反論することさえ許さず弾圧する、息苦しい夢ノ咲を作り上げた主導者だ。
この両極端な評価は、客観的な事実として存在する。

私と彼は揃って苗字がタ行だから、おのずと席も近くなる。
去年は前後だったが、今年はどうだろうかと考えながら席を探していると、自分の名前を発見した。
机の右上に貼られた氏名シールを二度見する。案の定、私は彼のすぐ前の席だった。
一瞬前まで淡い希望を抱いていたが、それはシャボン玉が弾けるような儚さで潰えた。まあ「希望」は得てしてそういうものだ。

学院指定の通学鞄を机の横に掛け、静かに席に着く。
なんとなく、生徒会副会長の姿を探してしまうが、彼の席も空いていた。
弓道部の朝練か、雑務を少しでも減らそうと考えて、生徒会室にまだ籠っているのかもしれない。

腰を下ろしても、いないはずの後ろの席からちくちくと刺すような感覚が襲い掛かる。
どこか突き放すような、冷たく威厳ある風格に相応しいアイスブルーの瞳が脳裏をよぎる。
亡霊はどっちだと心の中で笑ってみた。
けれど『皇帝』である英智の立場は揺るがない。一年前、英智と共にこの夢ノ咲を変えてしまった私こそ『亡霊』になるべき人間だった。





「おおッ! 橘じゃないか! よく来たな! おはよう!」
「……その、私をまるで普段学校来てない生徒みたいに扱うのやめてくれる?」
あと朝からうるさい。

新たにやってきたプロデュース科の女の子のサポートを行うから、という『正式な』理由により英智の納得と承諾の上で、fineのプロデューサーを降りたものの、学院内での私の評価はもちろん厳しいままだ。
それでもそんな中、懲りずに通常運転で話しかけてくる稀有なクラスメイトもいる。それがユニット『流星隊』のリーダー、守沢千秋である。

「うるさくはないぞッ! 橘の声が小さいんじゃないか!? もっと声を出せ! 朝だし気分がいいだろう……☆」
「私は低血圧だから朝はむしろ嫌い」
「なんと! 人生の9割損をしているぞ橘!」
「残りの1割は?」
「トップシークレットだ……☆」
「…………」

げんなりとしてしまう表情筋を止められない。彼のことは嫌いではないのだが、こちらに構ってほしくない。彼が話しかけるたびにクラスが微妙な雰囲気になるのだ。
関わるなオーラを出しつつ、さりげなく「もうすぐチャイムなるし、席についたら?」と言って遠ざけよう。我ながら良い案だ。実行に移すべく、さっそく口を開いた。

「も――」
「あのさぁ、あんたチョーうざいんだけど。3年にもなって静かにできないなんて、頭おかしいんじゃなぁい?」

私のすぐ前の席。銀髪が振り返る。英智と同じアイスブルーの瞳が貫く。古豪ユニット『Kights』の現在の実質的リーダー、瀬名泉。

「うん? そういうものか? 俺にとってこれはルーチンワークのようなものだからな! 仕方ない! とりあえずおはよう瀬名! 今日もいい朝だな……☆」
「あのねぇ、」

瀬名の言葉には険があり、自然と周囲の人に好かれるような愛想の良さもあまりない。けれど実際は、自分の感情を素直に外に出せないだけで、とても仲間思いだ。Kightsと戦って、それを痛く思い知った。
今の発言も、彼なりの挨拶のようなものだ。しかし――抜き身の鋭い剣は、私の喉元に常に向けられている。

そこにいるのに、まるでいないように振る舞われることについて、何か特別な思いがあるわけではない。怒りを露わにするのは不正解で、むしろ彼が私に対して怒る方が正解なのだ。

「……瀬名」

守沢千秋が咎めるような声を投げかける。
彼も内心複雑だろう。それなのに、なぜこうもいつも私に話しかけてきて、今この瞬間も私の肩を持つのか全く理解できない。そう思いながら、しかし自分はこれっぽっちも理解しようとしていないことに気がついて、とんだ人間失格になってしまったと心のうちで自嘲した。

「俺は、だいっきらいなんだよねぇ。これまでも、今も、これからも、絶対に許さないし、許すつもりもない。だから本当は、ここから出て行ってほしいくらい、」
「……瀬名、やめろ」

ため息を吐くと、二人の目が私に集中する。

「別にいいよ。何を言われても事実だし」
「橘、おまえという奴は……」

その結果、瀬名泉は敵を睨むような視線を寄越してから、再び前を向き、守沢千秋は眉根を寄せなんとも形容しがたい表情で、言葉をこぼした。


▼ 2016/06/04(2018/10/23up)
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