diabolik lovers→dear lovers | ナノ
magic of sweets!
それは、ある休日のこと。


「杏樹ちゃーん……」


覇気のない様子で、ユイが杏樹の部屋にやってきた。
そんな彼女に驚きつつも迎えると、彼女は杏樹にしなだれかかるように抱きついてきた。
とりあえず、とベッドの上に腰かけるよう促す。
ユイはやはりふらふらと歩いていき、ぼすん、とベッドに座った。
そのまま横に倒れてしまいそうな危なっかしさが滲み出ていたので、杏樹も慌てて隣に腰を下ろす。

「で、ユイ、どうしたの?」

ひとまず落ち着いたところで問いかけてみると、杏樹の肩にもたれたユイは、ああ、とかうう、とか唸りつつもやがて口を開いた。

「……カナトくんがよくわからないの」

ふむ、と頷く杏樹に、ユイは次から次へとカナトとの価値観の相違を吐露していく。
どうしてテディをあんなに大切にするのだろう、どうしてあんな大したことでもないことで怒るのだろう、どうして私に他の人と話をするなと言うのだろう、どうしてそんな彼の命令にすべて従わなければならないのだろう。そんなことをつらつらと。最終的には価値観の違いへの不満、というよりはほぼ愚痴になっていたけれど。

「それでね、杏樹ちゃんなら、カナトくんと仲がいいから、彼と仲良くする方法を知ってるんじゃないかって思ったの」

なるほど確かに、と杏樹は思わないでもなかった。
この逆巻家の中では、自分が一番カナトとの仲が険悪ではない……というより、その扱いに長けているかもしれない。なぜって、彼の相手をするときは常に細心の注意を払っているし、例え出会い居候し始めてから約三年だといっても、その中で培った彼の扱い方には自負している部分もあった。

「うーん……まあ、大抵はお菓子で解決、かな」

しかしカナトの対処法というものは、誰でも共通のものではないから、杏樹のそれをユイが実行したところでうまく扱えるかどうかは不明だ。なので杏樹は、無難な回答を示す。

「あ、そっか! カナトくん甘いもの大好きだもんね!」

そしてそういうところは可愛いんだけどなあ……と困り顔で呟くユイを傍目に、もっともだと杏樹も力強く頷いた。

「でもあまりお菓子ばっかりあげてると、自分の機嫌をとろうとしてるんだってバレるからほどほどにね」

うん! ありがとう杏樹ちゃん!
感謝されていい気分にならない人間はいない。
加えて、この家では絶滅危惧種な『無垢な笑み』に癒されつつ、ユイが変人六兄弟に絆されていかないことを切実に願った。





やがてユイのいなくなった自室で杏樹はカナトの扱いに苦労していた三年前に思いを馳せる。あの頃の自分も、ユイのようにカナトの無茶ぶりに大きな不満を抱えていた。

カナトだけではなく、この兄弟たちのドがつくほどのSっぷりは、両親からまっすぐな愛情を受けていないから生まれたものだとわかっている。
同情しているのではない。ただの事実として杏樹は理解している。
上辺では歪んでいるように見えても、心の奥底では、みな愛情を求めているのだ。
それに気づいたからこそ、当初杏樹は大目に見ていたものだ。

まあそもそもシュウやレイジは突っかかってくることはないし、ライトは扱いやすい。スバルはこちらが大人しくしていれば害はない、ということで、唯二厄介だったのがアヤトとカナトだった。
この際アヤトはまだマシだったから脇に避けておくとしても、カナトが一番ひどかった。今のユイほどではないとはいえ、自分の好物の味がするこの血を自身のものにしようという独占欲がむき出しだった。

勝手にベッドに入ってきては血を強請るし、他人『と』話をするのに加えて他人『の』話をするだけでキレるし、言うことを聞かない貴方にはお仕置きが必要ですねなんてナイフを向けてくるし、いつも傍にいないとヒステリーを起こす。
さらには色魔を召喚させて襲ってきたテディを――もちろんそれが彼にとって大切なものだとはわかっていたけれど――多少ながらも乱暴に振りほどいてしまったときにはそれはもう鬼のような形相で怒られ体中を裂かれた。

子どもの駄々もここまでくれば近所迷惑……いや、吸血鬼だから下手をしたら公害だ。
己はドがつくサディストと相性のいいドがつくマゾヒストではなかったから、カナトから与えられる命令や痛みが全て苦痛だった。
仕舞には、あのアヤトからその本心で大丈夫かと心配される始末だ。カナトが嫌ならオレんとここいよ、可愛がってやるぜ?という悪魔の誘いにすら、そのときは思わず乗ってしまいそうになった。

そんなカナトの相手をするのにずいぶん辟易していたある日。
会話に混じる『あの人』の灰を、彼が自分に飲ませ、挙句の果てに恍惚の表情をしてみせたときだった。

『わたしは“あの人”じゃない。自分を他人と重ねないでほしい。』

そうできるだけ柔らかく反論するとこれまた機嫌が急降下して、『そんなことを言うのなら、無理やり“覚醒”を速めて僕のものにしてもいいんですよ』と有無を言わせない笑みと共に押し倒された。『貴方の全ては、僕のものだ』


――彼らは自分たちに人間の価値観を押し付けるなと言う。

ならば、彼らはどうなのか。

彼らこそ、このふざけた価値観を人間に押し付けるな。


そしてついにキレた。

頭に血が上るどころか、カナトの体温のようにその温度はひどく冷めていた。
キレたときも冷静、というのは、こういうことを言うのだろうか。しかし口をつく言葉は全て激怒に任せて勢いよく飛び出すものばかりだった。

我ながら命知らずな行動だったと今になっても思うが、それが結果的にはよかったのだから、まあドントマインドというところか。


怒鳴りつくしたあと静かにカナトを見上げると、彼は呆然と、その目を丸くしてこちらを見ていた。
とん、と軽く彼の胸をつくと、驚くほどに無抵抗に離れることができた。


この日以来、彼は無理強いをしなくなった。その代わり、なぜか純粋な意味で懐かれた。
駄々をこねることは変わらなかったが、それも緩和されたのである。
今まではいつもというわけではなかったのに、お菓子をあげると決まって治まるほどに。


前にも言ったように、カナトの扱いがうまい、というよりはどこか違う意味を持つ彼との仲を、包み隠さずユイに話したところで、彼女の問題解決には程遠いことだった。
だから話さなかったことであったが、何か折があれば彼女にも話してみようかとぼんやりと杏樹は思った。
きっとユイも、あのときのカナトと同じようにその可愛い瞳を丸くして驚くに違いない。


▼ カナトとの話
  2013/02/11(2013/04/08up)
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