diabolik lovers→dear lovers | ナノ
寂々と、八つ時
誰もいないダイニングで一人、紅茶を飲む。
決して『ぼっち』などではない。

ただ、この時間帯が好きなだけだ。

午後三時というのは、まだ日も高く逆巻家の住人達は起きていないから思う存分に自分の時間を過ごすことができる。しかしそのせいで眠気が強くなり、ただでさえ昼夜逆転した生活を送っていることも相まって、翌日夜間の授業に身が入らない場合がよくあるのはまあ……仕方がないとはいえ少し悩みどころだ。

広いテーブルの小さな一角だけを占領するのは、多少の寂しさを感じさせるがそれはもう慣れたことである。
紅茶とともに用意したガトーショコラをフォークでつつく。

杏樹はふと、昨日の夜のことを思い出していた。





ごめんくださーい!

そんな声とともにこの『オバケ屋敷』にやってきたのは人間の女の子であった。
名を、小森ユイといった。
自分とシュウが来なければ、危うく彼女は吸血鬼たちの餌食になってしまっていただろう。あの人から前もって事情は聞いていたが、しかし聞けば聞くほどおかしな話である。

彼女はもともと教会の神父の娘で、その父が海外に仕事に出るため、一人で教会に残ることは危ない。そこで、遠い親戚にあたるこの家を訪ねてきた――らしいのだが、果たして、本来吸血鬼を屠るはずの教会の人間の親戚が、吸血鬼というそんな不可思議な話があるだろうか。いや、もしかすると彼女の家族に吸血鬼かそのハーフがいるかもしれないから、一概におかしいとは言えない。いまどき、珍しくもない。ただ、分家ならともかく、吸血鬼の長の根城ともいうべきこの逆巻家にやってきたのが引っ掛かるだけで。

それに、彼女のにおい。
アヤトやライト、カナトが纏うものと同じにおいがした。
ひどく鼻をつく香水のにおい。
例えるなら――そう、人を誘惑してやまない、妖艶な深紅の薔薇のような。

『私だって血を飲まれる人は自分で選びたい!』

その言葉はその場の勢いで言ってしまったものだと気付いたのは自分だけかもしれない。
結局直後に自らの失言に気がついた彼女をフォローしたのだが。
六兄弟も六兄弟である。いくら彼女の血が美味だといっても、そんなにがっつかなくてもいいものを。

吸血鬼という存在が細々としたものになりつつある現代では、人間社会に順応していかなくてはならないのに、そんなこと欠片も考えていないようだ。どこまでも本能のまま。

――本能、といえば。

あの人はどんな意図があって、三人の女性を妻としたのだろう。
そのせいで、子どもたちがどれだけ辛い目にあうか、考慮すらしなかったのだろうか。
本能のままに生きれば、楽に違いない。けれどそれは私利私欲のためにすぎない。いや、自分の人生なのだから利己的でもいいという者もいるかもしれない。

それでも思うのだ。いくら人生が、自分のものだとしても。そのせいで他人の人生を狂わせてはならない。狂わせる資格など、どこにもないのだ。

透吾。あなたは本当に、どうして――。

そこまで思考を巡らせて、それが無意味なものであるとやがて溜息をつく。
あの人はきっと。否、絶対何も考えていない。
少なくとも初めは、何も考えていなかった。
だからこそ、心配なのだけれど。


すっかり冷えてしまった紅茶に口をつける。

「不味い」

ぽつりと呟く。
あの人のことはひとまず置いておいて、先に彼女の件をどうにかしなければと杏樹は席を立った。


そしてとうとう誰もいなくなった広く冷たいダイニングには、柔らかな日差しの残滓だけが残されていた。


▼ 一話一話短めのお話です
  2013/02/10(2013/02/25up)
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