diabolik lovers→dear lovers | ナノ
鈍色が雨を誘う
家族を殺したことがないからわからないけれど、『家族を殺す』という感覚に思いを馳せることは時折ある。
例のあの日の近い頃。今日のような鉛色の空を見ていると、まるで底なし沼に足を突っ込んだかのようにどんどん気分が沈んできて、あの三兄弟のことを思い出す。
アヤト、ライト、カナト。そして、彼らの母コーデリア。
彼らを巡る一連の事件は、一年前に成り行きで耳にした。……と、いうのも、コーデリアの命日だった日がたまたま雨で、もちろんそんなことも知らないわたしはカナトの部屋を訪れたからだった。





彼の部屋から掠れた声で紡がれる歌が聞こえたから、といえばまるでユイみたいな理由だが、事実そうだったのだから仕方がない。何かに引き寄せられるようにカナトの部屋の扉を開けると、彼は自室の鏡台の前で薄く笑みながらテディを抱き歌を歌っていた。
それを見た瞬間、ひどく危険な空気が身を裂いて、この部屋に来たことを後悔した。実際、カナトは気づいていなかったし、すぐにでも出て行くことはできた。しかし自分はそうしなかった。なぜかと聞かれてもわからない。でもこのとき部屋を出ていれば、彼らと心を通わせることは少しでもできなかったと思うし、結果オーライというやつだろう。

ぴたりと止んだ歌に身体を震わせるのは条件反射だった。
カナトがその青白い顔でゆっくりとこちらを振り返った。この世のものとは思えないほど美しいその貌は、以前屋敷の奥深くで目にしたコーデリアという女性そっくりに思えて、短く息を呑んだ。

突然、しかも勝手に部屋に入ってきたことを咎められ、『お仕置き』なるものをされるのだろうと身構えていたが、カナトは今にも泣き出しそうな表情をして何かを呟いた。そんな状態のカナトを放っておけるわけがなく、椅子に座る彼の前に跪き、両手を広げた。ほぼ無意識の行動で、今になってもこのときの自分の大胆さには脱帽する。案の定カナトはその胸に飛び込んでくる。向こうもきっと無意識だったに違いない。カナトは強く、背中にしがみついた。
抱きしめている体勢からは見えなかったけれど、その淡い紫の瞳は、涸れた涙を流しているような気がした。

幾分か落ち着いてきたあとにカナトが話し出したのは、彼の――彼らの母コーデリアが死んだ日のことだった。
忘れてしまいたいほどに悲しい記憶だったのかもしれない。カナトの声は淡々としたものだったけれど、そこに微かな自嘲と寂寞が滲み、どこか空ろだった。





やがてカナトから解放され、彼の話による激しい衝撃に襲われながら、自室へ戻るため廊下を歩いた。
いつにも増して重い足取りは、まるで彼ではなく自分がコーデリアを殺したかのように錯覚した。
いつもは近づいてくるとその独特の気配で察することができるのに、抱きしめられるまでライトの存在に気づかなかったくらいだから、余程だったに違いない。

「どうしたの、杏樹ちゃん」

ライトは拍子抜けしたと言わんばかりの声音だった。
後ろを振り返る気力、ましてや彼の腕を振りほどく気力もなく、カナトの話が脳裏から頑なに離れてくれなくてただ「なんでもない、」と答えたのを覚えている。
ライトはきょとんしたようで、珍しくそれ以上セクハラもしないままその腕を放した。

「もしかしてぇ、あれかな、女の子の日?」

この人は今日が何の日かわかっているのだろうか。
わかっていて、こんなにも普段通りなのだろうか。
にやにやとした笑みを浮かべるライトの揶揄にも、まともに答えられなかった。





数十分後、ようやくライトから解放され、自室に戻る。
普段以上に重く感じるドアを開けると、窓の向こうでしとしとと降る雨と、ベッドの上で我が物顔をして寛いでいる赤色が目に入った。

「ん……アヤトか……」

時間が経って少し調子が戻ってきたと思っていたけれど、それでもやっぱり彼の顔を見たら駄目だった。
アヤト、あなたはコーデリアを愛していたの、
愛していたから、その血を吸ったの、殺したの、
わたしは。ねえ、だったら、わたしは、

「なんだァ? そのブッサイクな顔」

ああ駄目だ。
心が弱ると狂ってしまいそうになる。


母親という存在からまともな愛を受けていないことは、彼らの性格からわかっていたことだったが、この三兄弟が揃いも揃って母親を殺したという事実はそれ以上に衝撃的だった。

『家族を殺す』。

愛するものを殺すということは、どれほど恐ろしいか。
自分は怖いと思う。
カナトは、愉しかったと言った。
嬉しかった、とも。
その感情がわからない。その心が、理解できない。
それでも、ひどく悲しい気持ちになるのはどうしてだろう。
空しく思うのはなぜなのだろう。

「アヤト、アヤト……」

縋るように名前を呼んで、差し出された冷たい手を取る。
涸れることのない涙が次々と零れ落ち、シーツを濡らし大きなしみをつくった。
大方、彼は涙を流す理由が分かっているのだろう。苛ついた視線を向けられると思ったのに、その翠蘭の瞳が濡れて見えないままに掻き抱かれた。強く、強く。慰めようとしているどころか、彼の方こそ何かを求めるように、強く。





魔王ブライと吸血鬼の間に生まれた娘、コーデリア。
彼女の命日が、今年もやってくる。

『家族を殺す』。

愛を切望した末の行為でありながら、それはあまりにも残酷で。
あまりにも、寂しい。

いつの間にか振り出した雨の音をききながら、瞳を閉じリビングのソファに深く、深く沈んだ。


▼ シリアスターンが終わらない……
  2013/02/18(2013/12/31up)
戻る
[ 12/15 ]
|
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -