Un vampire blanc
弟がいたらこんな感じなのかな、と。
スバルといるとよく思う。
綺麗な銀色の髪に、怪しく輝く紅の瞳。
他人を寄せ付けない凶暴な一匹狼気質であるのに、その実はとても優しい不器用な吸血鬼。
彼自身が自分と父親への憎しみで雁字搦めにされて、それのせいで近づけば近づくほど他人を遠ざけるのだと知ってしまった今では、以前以上に世話を焼いてしまいそうになる。
アヤトに向けるものとはまた別の意味で、愛しくてたまらない。
誰かに縋る方法を、スバルはきっと知らない。
誰かに縋っていいのだと、それすらもわかっていない。
自分に関わると穢れるのだと再三繰り返し拒絶する。
半分に欠けた月の下(もと)、多くの花に囲まれた庭園で、清純と咲く白い薔薇を睨むように見つめるスバルに目を向けた。
スバルは、この場所が嫌いだ。
この薔薇たちが嫌いだ。
それなのにわたしはいつもここに来る。
なぜか、それは彼に知ってもらいたいからだ。
どれだけ傲慢な行為で、行き過ぎたお節介なのだとしでも――彼に、憎んでほしくないから。
「白い薔薇は、綺麗だよ」
「ふざけてんのかてめえ」
間髪入れずに低く唸り、地を削るように踏み込むスバル。
心の底からの憤怒で染まったその表情を見て、少しだけ眉を下げた。
「『純潔を失い、死を望む』。それだけじゃあ、ないんだよ」
音のない夜にさわさわと揺れるその白い薔薇をそっと撫でる。
訝しげに顔を顰めるスバルに微笑んだ。
「『生涯を誓う』。そういう意味も、ある」
彼は大きく赤い瞳を見開いた。
知っていると思ったけれど、彼は本当に知らなかったらしい。
まあ見るからに花言葉になんて興味がなさそうだし、仕方がないのかもしれないけれど。
驚愕を滲ませて、その色のない唇が細かく震えだす。
「な、……んで……」
くず折れそうなスバルを前に、とっさに体が動くのはどうしてだろう。
抱きしめてしまうのは、どうしてだろう。
紺碧の夜がわたしたちを包む。それが荒いか優しいかはわからない。ただ静かに、静寂だった。
刺激をしないようにゆっくりとたくましい背中を撫でる。
スバルはぴくりと肩を揺らせたが、それからは大人しくこちらの成すがまま。
少しして、幾分か落ち着いたのかスバルが言葉を紡ぐため息を吸った音がした。
「……お前が言いたいことは、わかった」
言いながら、昔のことを思い出したのか、スバルがしがみつくように強く抱きしめてきた。
苦しいけれど、それでスバルを捕らえる憎悪の枷を外すことができるのなら我慢できる。
「…………だけどな、」
スバルが肩に額を乗せ、長いため息をついた。
「杏樹がそんな顔する必要はどこにもないだろ」
そんな、顔 ?
抱きしめられたまま首を傾げる。
『そんな』顔、とは一体どんな顔なのだろう。
疑問符がたくさん飛び出ているのが気配でわかったのだろう、スバルは今度は『なんでわかんねえんだ』と言いたげに短いため息をはく。
「悲しそうな顔」
むかつくしうぜぇ。
何かを誤魔化すように、即座にそう吐き捨てる声はどこか柔らかい。
「……そんな顔、してたかな」
驚き半分、苦さ半分に笑みを零すと、スバルは「この馬鹿が」といっそう抱きしめる腕に力を込めた。
その苦しさをうっかり忘れてしまうほどに、彼の声は優しくて。
スバルを憎しみから救おうとした自分が、逆に救われてしまったような気がして。
ああだめだなあ、と心の中で呟く。
本当はこんなこと訊いちゃ元も子もないんだけど、それでもやっぱり不安になって、口をついて言葉が飛び出す。
「……ねえスバル。わたしはスバルを、救えてる?」
ううん、やっぱり救わなくてもいい。
救えなくてもかまわない。
ただあなたの心の痛みを、ほんの僅かでも和らげることができていたらそれだけでいい。
スバルは再び「馬鹿だな、お前」と小さく笑う。
「こんなことされなくても、オレはとっくにお前に救われてんだよ」
言ってからその言葉の『臭さ』を自覚したのか、彼は赤くなった顔を逸らす。
こちらもわざわざ『こんなこと』をしなくてもよかったのかと思うと、激しい羞恥が襲ってくる。
だけれど、照れを隠すように乱暴に頭を撫でてきたスバルを見上げていると、これ以上ないほどの愛おしさを覚えた。
スバルの笑みを同じように柔らかく風が吹いていったこの夜は、どうやら二人にとって優しいものだったらしい。
▼ ちょっと微妙な出来のお話かもしれません……。
というわけで今回はスバルの話でした
2013/02/16(2013/10/07up)
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