外伝/03 別離
※ 戯言シリーズの話を含みます。
8=♂♀
「私、ここを出ることにしたから」
中学三年の夏休みの最中。私はそう人識に告げた。
彼はそれをきいて、
「そうか」
と頷いた。たったそれだけだった。
落胆も寂寥もなにもなかった。ように感じた。
もしかしたら、予想していたのかもしれない。
「最後に言っておきたいことがあるんだ」
それは上京――東京の池袋に行く数時間前のことだった。
「人識さ。君のその距離感は、私たち『相手』にとってものすごく心地よいものなの。
でも――それが時には致命傷になる。
相手の様子がいつもと違う。深刻そうだと感じた時は……自分が何かその人のために何かしてあげたいと思うのなら。強引にでも訊くことにしてよね」
「ふうり、お前…………――いや、やっぱいい」
人識は何かを言いかけてかぶりを振り、
「ああ。肝に銘じておく。……じゃあまたな」
少し躊躇ったあと、にかっと笑ってそう言った。
「――うん、またね」
けどこれが最後の別れだとは思わなかった。
なんでだろうねえ。
9=♂♀
零崎人識の人間関係 過去の風見ふうりとの関係
不定関係――関係断絶
♂♀=10
そしてその予感は当たる。ばっちりと。
本当に私たちは数年後、再会するのだ。
その上数年後の数年後――また私は彼と再々会するんだってこと。
そのころはもう、私は『昔の私』じゃなくて変わっているのだけれど。
そのころはもう、私は『昔の私』みたいに弱くないから。
あの人にも立ち向かっていくのだ。
人生って、不思議。
♂♀=11
「あーあ。柄にもないこと思い出しちゃった」
さっき私は人識と再会した。
そのあと、臨也さんのマンションへ向かう道中で、あの頃のことを思い出した。
懐かしい。でも苦しい日々の記憶。
今思えば。
彼は――あの殺人鬼は、私の初恋だったのかもしれない。
仲良く話す出夢とあいつを見て、
なんだか隣にいちゃいけないような気がして、
どうしようもないもやもやしたものが心の底に溜まっていった。
離れなくちゃと思っていた。
でも、あそこは私にとって居心地が良すぎて。
離れたくないと叫んでいた。
ああいやだな。
黄昏色の空を見上げて、夏休みに出会った金色(こんじき)の少女を思い浮かべる。
――あの人は、こんなふうに悩んだりとかするのかな。
――私は今、この『物語』にいるんだから。
ここでは因果に追放されていないから。
人識も出夢もいーちゃんだって友だって狐さんも潤さんも関係ない。
どこにもいない。気持ちいい。
解放された気分でいられる。
だから、私はこの池袋が好きだ。
「はいお終い」
お終いお終いお終い。
終わった物語はもうお仕舞い。
私はここで、平凡に暮らしたいだけ。
そこが非日常でも『彼ら』さえいなければそれでいい。
私は二度と――『あそこ』には戻らない。戻りたくないから。
そして私は高級マンションの臨也さんの部屋の扉を開けた。
♂♀=12
――これは壊れた物語。
壊れた少女がその硝子の欠片を繕って、一つの道を描き造り出す物語。
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あとがき 2011/06/09
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