外伝/04 日常
※ 戯言シリーズの話を含みます。
♂♀=13
「……え、私そんなに嬉しそうな顔してますか」
「うん。してる」
にこにこと、それは確かにいつも通りの笑顔だけど、どこか黒い笑みで。
ちょっとたじろいだ。
人識と――別れて、すぐに臨也さんのマンションに直行した。
予定の時間より少し遅れていたこともあってか、臨也さんはなんとなく不機嫌なような気がした。
波江さんは今日は週一の休みの日だそうで(あたりまえだ。今日は日曜日)、マンションには来ていなかった。
「何があったの?」
『何かあったの?』ではなく、『何があったの?』。
極上の笑顔を利かせる臨也さんの言葉に、やはり拒否権はなかった。
社長椅子に腰を下ろしてパソコンをいじっている臨也さんに向かって、棚の書類を整理しながら私は気圧されつつも言った。
「中学時代の古い友人にあったものですから」
その答えを聞いて、臨也さんは。
「……はあ、端的だねえ」
呆れたようにため息をつく。
私がこう答えるのは判っていたはずだと思うけど。
「そういえば、君は中三のときに池袋に来たんだっけ?」
「はい、そうです」
「それなら――京都の知り合いなんだ?」
「まあ、そうなりますね」
ふうん、と意味深に臨也さんはつぶやいて、再びパソコンに目を落とした。
そのままキーボードをたたき始めるかと思ったのに、すぐにまた私に視線を戻す。
「……なんですか」
眉根を寄せて応答すると、
「――ふうりってさ、人類さ…………、あぁやっぱりいいや」
……………………………。
……何を尋ねてくるのかとひやひやしたじゃないか。
人類さ、その言葉の続きはなんなのだろう。
私はそれがとても気になった。
でも、それを問い返してしまえば、臨也さんの策に嵌る予感がして――開きかけていた口を閉じる。
本当に、この人は隅に置けない。
こういうところが、若干人識に似てたりするんだよね……。
そこまで思って――人識が臨也さんと同じファー付きのコートを着ていて『人ラブ!』と叫んでいるところを想像してしまい、苦笑をこぼした。
「……ほら、また。今その友人とやらを思い浮かべただろ」
むすっと臨也さんの機嫌がまた下がる。
事実だから否定のしようがない。
ていうか、心読めるの?この人。
「なんでそうだと思ったんですか?」
「君の顔にそう書いてあったからだよ」
うわあ。マジですか。
迂闊だ。
「……臨也さん、」
それ以上人識のことを追及されるのが嫌だったので、無理やり話を逸らす。
「機嫌、悪いですよね」
確信しているから、疑問符は付けなかった。
私のその言葉に臨也さんはさらに機嫌を悪くした様子で、
「わかってるなら――」
そして、そのあと何かの企みを思いついたような怪しいニヤニヤ顔になって、
「こっちに来てよ」
と手招きした。あなたもですか。
この人の場合、ものすごく嫌な感じがするんですけど。
身の危険がビンビンした。
いつになく胡散臭い笑みなので、臨也さんが
「来ないならふうりの――(ピー)を――(ピー)して――(ピー)させて――(ピー)するよ?」
と脅さなければ、意を決して逃げ帰ってしまうほどのものだった。
私が恐る恐る臨也さんの近くに歩み寄る。
彼との距離があと二歩くらいになったとき、
「っ、きゃ」
いきなり臨也さんが抱きついてきた。
「ちょ、何するんですか!放してくださ「機嫌、直してほしいんでしょ」……」
そうです、けど……。でも、こんなのは、
「…………反則、ですよ」
「ふうり顔真っ赤」
「そ、それをわざわざ言わないでください!」
……………………もう、この人は。
どうしようもない寂しがりやな――黒猫だ。
こうして――抱きしめられると、なんだか身長差が結構あるのが自覚できて、なんだか屈辱的だった。
だって、私の頭が臨也さんの胸のあたりにしか届かないんだから。悔しい。
臨也さんの華奢な、それでも男の人らしい手が、私の――全然綺麗じゃない――髪を撫でて梳く。
気持ちよくてくすぐったくて、でも、あまり浸っているわけにもいかない……そんなふうに思わせる。不思議で複雑な感覚だ。
「――ふうり」
すると、臨也さんが突然名前を呼んだ。
なんだろうと思って、もちろん私は彼を見上げる――
それが、臨也さんの思惑通りだとは気付かなかった。
「、んっ」
「……ごちそうさま」
……………………………………………………。
……………………………………………………………え?
………………今、臨也さんは何して、
……何?私が感じたのは、何?
何からかはわからないけれど――震える手を口元に持っていく。
――ああ、そうだ。唇に柔らかい感触があった。
柔らかい、何か。あれはなんだろう。たしか、……臨也さんの、
「―――――ッ!」
思い出してかあああと顔に血が上った。
なに何なになに何なの、これ。これが、………………キス?
「リンゴみたい。可愛い」
抱きしめる手を少しだけ緩めて、満足げにこちらを覗きこむ臨也さ、ん。
直視できるはずもなくて、私は臨也さんの胸に顔を埋める。
「耳まで真っ赤だよ」
くすくす。ほんとにふうりは可愛いねえ。
そんなこと言われると、余計に赤くなるってことわかってるんだからこの人は性質が悪いんだ。
うう。臨也さんにだけは敵わない。
「ば、ばっかじゃないですか!そんなことあるわけないですよ!」
「……それ、説得力ゼロだからね」
わ、わかってます!こんな状況で状態で、そんなものへったくれもないんですから!
「……性格が悪いですよ」
「わかってることだろ?俺にとってそれは褒め言葉だよ」
あああああ!
ファ、ファーストキスだったのに!
なんでこんな人に……いや、臨也さんのことは好きで好きでたまらないけど、でも!
こんな……人間を観察対象にしかしない、外道な人に、キス、されるなんて!
自分が嬉しがってることはわかる。それでも信じたくない。
少し前までは受け入れてた。けど、それを認めてしまえば、私は――
「……臨也さんなんて、嫌いです」
「そう?俺はふうりのことは好きだけどね」
そうやって、私は防御線を張る。
これ以上心の中に入ってこないように、境界線を張り続ける。
頼りたくなって、どうしようもなくなる前に。
私の所為で、罪を重ねてしまわないように。
そんなことないと思ってるけど、この人ならやりかねないから。
…………それでも抱きしめるのを強める自分の手は、矛盾してると思う。
――これが私自身の本当の思いだと知っていながら。
「ふうりってさ、ツンデレだよねー♪」
「違いますよ」
「……ていうか、4月と比べてかなり言うようになったよね」
「ありがとうございます」
「いや、褒めてないから」
こうして私のある休日は、一応平和に過ぎて行った。
▼ 臨也がやっちゃいました。ふうりのファーストキスを奪っちゃいました。
で。この話は、ふうりの中で何かが変わった瞬間だと言っても過言じゃありません。本人も、それが何かは解っていません。けれども確かに何かが変わった。そんな一瞬が、ここにはあります。
次回は『池袋での』最後の外伝です。けれど、今回の01〜04までの話の続きではありません。 2011/06/19
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