瑞々しい葉の緑
サフィニア。
とてもいい響きだ。
何度呼んでも飽きることのない名前。

……こう言えば、どこかのマリアローズ信者のように聞こえるが、事実おれは『サフィニア』という名前が好きだ。
もちろん、本人も。

叶わぬことのない恋というのは、まったくこういうことを言うんだろうとつくづくおれは思う。
彼女はトマトクンのことが好きで、おれは彼女が好きだ。
トマトクンが羨ましいと思ったことは何度だってある。ずっと小さいころから、あのマチルダの許に居たときからおれとサフィニアは共にいたのに、そんなおれではなくて、彼女はトマトクンを選んだ。
しかしその真実を知ったとき、俺はさして落胆しなかった。むしろ、『――ああそうか』と納得した。
すんなりとそれを受け入れられたようにも思う。拒絶することなく。……それはやはり、相手がトマトクンだったからだろう。彼なら、サフィニアを幸せにすることができる。おれではなく、彼なら。
おれにはもともと両親などとうに死んでいないし、そもそもの愛情なんてものも知らない。
トマトクンも、もしかするとおれと同じなのかもしれない。
だが、おれにないものを多く持っている彼は、きっとサフィニアを幸せにできると。

サフィニアの髪は、翠蘭を帯びた色をしている。
初めて見たとき、なんて月夜に映える色なのだろうと思った。
普通、月夜に映えるのは金髪らしいが、それでもおれは彼女に出会ったその夜に、そう感じた。
月の光に反射したサフィニアの薄い翠蘭の髪は、とても神秘的で、おれなんかには決して届かない。


「……サフィー……?」

ZOOの事務所の椅子に座り、机に肘をついたまま昔のことを思い出してぼうっとしていたおれの向かい側で、心配そうに名前を呼ぶ声。

「ああ、サフィニア。別になんともないから、心配しなくていい」

安心させるように言うと、それでも彼女は不安げな表情でおれの顔色を伺った。
そんなにおれは信頼がないのか。

なんとなしにサフィニアの頭に手を持っていき、撫でてやると

「…………」

少し恥ずかしげに俯いて目を伏せる。
落ち着かないようで、身じろぎをしていた。

「ありがとう」

呟くと、彼女は顔を上げた。
さらり、と翠蘭の髪が揺れる。

「……ど、どういたしまして……」

唐突だったおれの言葉に、サフィニアは若干驚きつつも、微笑んで応えてくれた。





それは木の葉たちが風に乗って踊る、ある午後のこと。


▼ こちらも一年前。
  現在ではサフィニアの髪の色は淡い紫ですが、初期は薄い緑だったので。
  2011/03/09(2012/07/20)
  title:precious days    
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