prologue
――青い薔薇。

そう呼ばれる青年がいた。
誰もの目を惹くのは、その青い瞳と青い髪。
特に体格が良いというわけではないが、どちらかといえば華奢な体つきは、どこかの赤い薔薇ほどではないが簡単に手折れるように思う。
しかし感情の乏しい表情と、それに隠された鋭い目線は、それゆえに彼をより孤高の存在とさせた。

そんな彼の名は、サファイア・ブルクハルト・ローベルという――





サンランド無統治王国。
法律もクソもないこの国の首都、第五区、鉄鎖の憩い場のとある酒屋。

この酒屋はあまり人に知られておらず、それゆえなのかガラが悪い輩もいない、エルデンでは貴重な小奇麗な場所だった。
その一角に、黒い髪の柔和そうな男と、金髪碧眼の容姿端麗な少女が座っていた。

客は彼らともう一組くらいで、店内には落ち着いたクラッシックが流れる。
天井からは控えめなシャンデリアが垂れ下がっており、目にしただけではホストクラブか?と間違えられそうなところだったが、ここは生憎一人のバーテンダー(店主)と二人の従業員が運営する、小さな酒屋だった。
ごく普通の、いや、サンランドではかなり珍しい部類に入る雰囲気のバーだったが、それに呑み込まれないほどの『珍しい』存在感を二人は持っていた。


「――街角の吟遊詩人と呼ばれる貴方が、こんなところにいていいのか?」

金髪の少女は、さっきまでアイスティーが入っていたグラスの氷をカランと音を立てて鳴らす。
彼女の胸元には、金色のラインが縦横に走る十字架のペンダントが光っている。

「……まあね、たまには僕も休みたいし」

苦笑いをして、アルコール控えめの酒を飲んだ男――少女の言うように【街角の吟遊詩人】と呼ばれるrosen――ローゼンは彼女に言葉を返す。

「それにしても杏樹。彼、遅いね」

ローゼンは金髪の少女――杏樹に言う。

「そうだね。珍しいな」

杏樹も少し思考をして、その理由を探すが見つからず首を傾げた。


――杏樹。
三年前にサンランド無統治王国及びエルデンにやってきた、いわゆる『流れ者』である。
齢17歳にして、侵入者(クラッカー)が職業の美しい少女だ。

そして、杏樹はクラン≪昼食時(ランチタイム)≫に所属している。
実は≪昼飯時≫に入る前にもう一つの別のクラン『ZOO』に勧誘されていて、当初はそちらに入ろうと思っていたのだが、アジアンという≪昼飯時≫の頭領(マスター)に無理やり所属させられてしまった。
後に杏樹は彼がとんでもない変態だということを知るのだが、もうあとの祭りであった。

杏樹は≪昼飯時≫の仲間達と応仲良くしつつも、ZOOの本部がある、(といってもZOOは小規模クランなのだが)第一王立銀行をよく訪れていた。
そこで、
背は小さいが実際は二十三歳で、杏樹と同じ金髪碧眼のユリカ・白雪(スノーホワイト)。
絶世の美女なのだが非常に大人しく、不幸に呪われている魔術師のサフィニア。
関西弁に似た言葉をしゃべり、ある国の王子だったらしい半魚人ことカタリ。
ルリハコベの名を持ち、元暗殺者(アッサシン)で腕も立つピンパーネル。
ZOOの園長で、年齢不詳、見た目によらずかなりの強者のトマトクン(偽名)。
などなど……多くの人たちと、

――なにより、青い薔薇を連想させる容姿の、無愛想な青年サファイアに出会った。





チリィン

酒屋の扉が開き、ベルの音がした。
少し早足で、当の青年が杏樹とローゼンのもとへ歩いてきた。

「あっ、サフィー!」

杏樹はそれにいち早く気づき、青い髪をした彼の愛称を呼んだ。

「……そのあだ名はよしてくれ。女みたいだ」

ガチャ、と腰に提げた二つの日本刀を鳴らして、サファイアは杏樹の隣に腰を下ろした。

「ごめんごめん」

杏樹は謝りながら笑う。
どうやら全く悪びれていないようだった。
サファイアは軽くため息をついた。

「それにしても、久しぶりだねぇ……三人がそろうのは」

ローゼンはにこにこして言った。

「まあな、ここ最近ずっとカタリにアンダーグラウンド攻略に無理やりつき合わされていたから」

サファイアは淡々と応えた。
しかし心なしか、若干表情が疲れているように見える。

「……じゃあ今日もカタリ関連で遅くなったの?」

「ああ。ただ、紅い髪と目の……マリアローズって言ったか?
その子がトマトクンに勧誘されたらしくて、それがまた“可愛い子だ”って半魚人に延々話に付き合わされていたんだ」

「「……紅い髪と目?」」

サファイアの口から出てきた単語に、杏樹とローゼンは二人して顔を見合わせた。

「知っているのか?」

そう訊くサファイアに対し、杏樹はなんともいえない複雑そうな表情を浮かべる。

「知っているも何も、うちのクランのマスターがストーカーしてる相手じゃん」

「それって、あの黒ずくめの?」

サファイアは少し目を見開いて驚きながら、一応尋ねる。

「そうそう。あの変態」

どうりでその『マリアローズ』って名前に聞き覚えあったわけだよ。
と、杏樹はうんうんと頷いた。

「僕はその杏樹の話を風の噂で聞いたことがあってね」

ローゼンにも首肯され、サファイアはアジアンのラブコールを想像して、マリアローズに少し同情した。
その後で、別にマリアローズを責めるわけじゃないがこの子がZOO入ったんなら、もしかしてこれってその変態『アジアン』と否がおうにも関わらなきゃいけない感じなのか、という結論に至り、サファイアは遠い目をするしかなかった。

「……そういえば」

そんなとき、ローゼンが思いついたように漏らす。
サファイアは頭の考えをひとまず隅に追いやり、彼を見た。

「もしかして、トマトクンがその子を勧誘したのって、ただの成り行きじゃない?」

「……よくわかったな」

サファイアは生まれつき抑揚の無い声で肯定した。

「そうだ。黒ずくめ――アジアンに公衆の面前でセクハラされそうになっていたのを、たまたま勧誘中だったトマトクンが助けたんだ。
俺は本部にはいなかったから、直接会ってはないけどな」

「ふむ。興味深いね」

ローゼンは顎に手をあててつぶやいた。

「サファイアが『青い薔薇』なら……その子はいうなれば紅い……『赤い薔薇』、かな」

そう微笑む杏樹に、サファイアは眉根を寄せる。

「そんな二つ名、マリアローズに迷惑だろう」

「ええー? ぴったりだし案外大丈夫かもよ?」

「うん。丁度サファイアと対になるじゃないか」

そう口を揃える二人に、サファイアは「下手したらおれがあの変態に殺されかねないだろ……」とうんざりした様子で呟く。杏樹とローゼンは、それを聞いて「違いない!」と声を上げ笑った。





青い薔薇、赤い薔薇。
そして、黄昏の死神。
彼らが出会ったとき、ようやく物語の歯車は廻り始める――


▼ 何が酷いって、書いたのが三年前っていうことですよ。
  今もそうですけど、文才ないのがモロに……。8割くらい直しましたがね!!
  ちなみにこの三人はアジアンが変態だということは知ってます。
  2009/09/19(2012/07/20up)
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