16-2
家が。
――家が、なかった。

ただの瓦礫の山だった。
何がなんだかわからなかった。

サファイアの言葉に、少しでも救われたと思った罰だったのだろうか。
黒い死が、死が俺の脚に纏わりついて重く、重くさせた。
それでも駆けてここまで来た。
走るごとに大きくなる焦りも不安も全て振りきり、ここまで来たというのに、ああ、やはり、俺は、『俺』のままなのか。もうどうにもできないのか。『大量の死の上に立つ者』俺に与えられた名。そうなのか、もう、手遅れなのか。俺は、俺はまた、また、――


「トマトクンッ!!」


はっとして隣のサファイアを見た。
今にも泣き出しそうな顔をして、俺を見ていた。

「まだ、間に合う。アサイラムへ行けば、まだ、間に合う」

それは自らに言い聞かせているように思えてならなかった。
同時に、俺は感心した。
倒れている仲間たちを見ても、何より大切なサフィニアを見ても、こいつは正気を失わなかった。
責めているわけじゃない。非道だと言いたいわけじゃあ、決してない。素直に、すごいと思っただけだ。俺は、多分、いや、必ず。サファイアがいなければ、発狂していた。

一番初めに視界に入ったのは、きゅー。
白い毛は汚れていて、多少傷を負っている。抱きかかえられているのは、友人。ピンパーネル。
顔を近づけて、二人の息を伺う。――生きていた。安堵の息をつく暇もなく、ピンプの口から三文字が零れた。繋ぎ合わせる。『リルコ』。リルコ。叫びだしたかった。剣を抜いて何かに当たらないと気が済まなかった。それでも、それをしなかったのは、やはり、サファイアがいたからだろう。ピンプは、左足首から先を失い、右足も折れ曲がっていた。これは背負うより抱えた方がよいと判断する。全員の息を確認したところで、サファイアがいる場所へ向かった。見たところ一番怪我が酷いマリアを背負う。
サファイアは、唇を強く噛んで、彼女をそっと背負った。本当にえらい、と彼を称えたい気持ちになった。俺は、そんなふうに強く在れない。心まで、強くあることなどできやしない。
俺はピンプも抱えた。
できることなら全員、一度にアサイラムまで連れて行きたかったが、無理だった。無理。その単語に歯噛みする。ああ、俺は無力だ、無力すぎるほどに無力だ。どうして、強く在れないのだろう。例えば、杏樹のように、

そこで、ふと。

「……杏樹と、ハニーメリーがいない……?」

ぽつりと呟いたが、すでにサファイアが第六区、アサイラムへと走り出していたためそれはすぐに頭の隅に追いやられた。走る。はしる。奔るんだ。
失いたくない。失いたくない。
黒い、真っ黒い死が溶け出す。
それは俺の背に負い、腕に抱えているものだ。
ああ、ああ、リルコが、リルコが目の前にいる。手遅れだと言う。遅いと言う。嘘だ、嘘だと俺は叫んだ。そんなはずはない。死が足に、腿に、胴に、体中に巻き付こうとする。でも、でも、俺は振り払う。サファイア。俺の前を走るサファイアのおかげだった。これが罰でも、俺は、こいつに救われたんだろう。思えば、その背中は、出会ったころから大きかった。大きかった。――ああ、なぜ、俺は気づかなかったのだろうか。


▼ 短めで。
  原作15〜16巻のお話。トマトクン視点。
  トマトクン視点はやはり難しい……
  2012/07/16
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