16-1
サンランド無統治王国。
この国には、謎が多すぎると。
そう思ったことはないだろうか。
そして、おかしいくらいに、誰もそれを追及しない、と。
この国を初めて訪れ、二、三日過ごせばきっと誰もが疑問に思うことだ。
しかし、皆淡々と気にせず日常を過ごしているのを見て。
ああ、こういうものなのか、と。ああ、そういうものなのか、と。勝手に納得し、受け入れてしまうのだ。この国の、謎という謎を。闇という闇を。影という影を。知らず知らずの内に自らの中に許容し、いずれ、誰も問わなくなるのだ。
――それが、どれだけ危険なことか知らずに。

サファイア・ブルクハルト・ローベル。
愛称『サフィー』の彼が――彼と、トマトクンがEMU本部を出たのは、もう四日前に遡る。





EMUの地下で大量に『貯蔵』されていた『偽者』たちを壊し、壊し、殺しまくった。
その中には、自分がかつて殺した者もいたし、そうじゃない全くの赤の他人もいた。
サファイアは、感慨など浮かばなかった。
サフィニアの傍で、ずっといた、ということも関係しているのかもしれない。自分が、マチルダを狙う魔術師や暗殺者を倒す名目上の騎士として、小間使いにされていたということも関係しているのかもしれない。死は、常にサファイアと隣り合わせにあった。誰でもそうなのだろうが、サファイアは特にそのことを自覚していた。
サファイアは、己を囲むほど死人が出るという状況に、慣れすぎていた。
ただ機械的に、表情を一サンチたりとも動かさず、その武器を振るった。
しかしトマトクンは違ったようだった。
あらかたの『偽者』を倒し尽くしたとき。彼は、呆然としていた。ただ、呆然と。けれどそれはどこか、泣いているようにも見えた。涙を流さず、泣いているように見えた。新たに敵が襲ってきて、サファイアが名前を呼ぶまで、その足は、まるで地面に張り付いているかのように、立っている場所から離れることはなかった。

サファイアは、人殺しに躊躇いを覚えたことがない。
だから、そんなトマトクンの気持ちもわからない。
わからないから、それなりに想像をした。

地下から地上へ向かう道を駆け上がり、EMUを出るまでの間に、どれだけの人をぶっ飛ばしただろう。
殺した者は、ほとんどいなかったように思う。トマトクンは、意図的にそうしたのだ。
我らがクランZOOのリーダー様も、案外マリアに似て考えすぎる性質なんじゃあないのか、とふと思ってしまった。
だって、あの呆然とした表情と、この行動が、あまりにも関係しているように思えてならなかったからだ。
サファイアは、こんなに苦しそうに人を薙いで行く者を、見たことがなかったからだ。

第八区。
EMUを出て、第十二区のトマトクン邸まで走る。奔る。
トマトクンの顔は、走るごとに険しく、そして焦りを帯びていった。その上、彼らしくもない何かを迷うような色や、何かに縋るような色も見えた。

「助けてくれ」

誰か、助けてくれと。

トマトクンはEMUで気の遠くなるほど大量の『偽者』たちと戦っていた際も、そう言った。
今も、言った。
何が、ここまで彼を苦しめているのか、サファイアにはわからなかった。
トマトクン自身の過去に関わっていることなのは明白だった。が、サファイアにだけはわかったことがあった。ZOOの中で死と一番関わってきたサファイアだからこそ、わかりうることだった。

『大量の死の上に立つ者』
ディオロット・マクスペイン。

今までさまざまな事件に巻き込まれた中で、度々きいていた名だ。
もしかして、それなのではないだろうか。
死。死だ。
彼はもう、嫌なのではないだろうか。
死が。大量の、死が。
他人の死が。
他人の死の上に立つことが。
本当は、誰も殺したくないのでは、ないだろうか。

「おれたちが、助ける」

いつの間にか、そんな言葉が口をついて出てきていた。
我ながら、性に合わない言葉だと思わず苦笑いをした。
ただでさえ大柄でスタミナ切れがほぼないトマトクンのスピードに、一つも休まず着いていっているのだ。サファイアの身体は、そうしている間にも悲鳴を上げていた。しかし、先に行けなどと言うことはできなかった。トマトクンはなにより、ひどく強い何かに突き動かされるように走り続けていたし、かくいうサファイアも、そんな彼の表情を見て、だんだんと不安が心に染み出してきたからだった。トマトクンから伝染したのではない。幼いころから魔術師と共に過ごしてきたことにより磨かれた、サファイアの第六感がある種の警鐘を鳴らし始めたからだった。

トマトクンが、驚いたようにこちらを向いた。
目をまんまるくして自分を見ている。

「トマトクン、あんたをだ。おれたちが、助ける。なんとしてでも」

生まれた不安を追いやってでも、そう言わなければならない気がした。
義務的に言ったのではない。そうしたかったから、そう言った。
誰も、拒むはずがない。トマトクンはもしかすると『俺は十分お前達に助けられてきたから、そんなことはよせ』と言うかもしれない。でも、サファイアたちは違う。トマトクンには十二分に助けられた。否、助けられてばかりだ。だからなんでもいい、お礼がしたいと思っているはずだ。トマトクンの、力になりたいと。

「――ああ、ああ、」

トマトクンは、まるで詠嘆するように何度も何度も、声を漏らした。
それは今まで、仲間の誰にも見せたことのない姿だった。
その姿が、表情が、サファイアの瞳に、強く、強く灼き付いた。

トマトクン邸に着くと、こんなふうに考えていたこと何もかも吹っ飛ぶなんてそんなこと、思いもしなかった。


▼ 原作15〜16巻のお話。サファイア視点
  2012/07/16
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