07/35 桜 (1巻直後、2巻前)

聖創学院大学附属高校。

そのとある桜の木の下の青色のベンチは、空目恭一の定位置であるとともに、波崎杏樹の定位置でもあった。


「………………」


ある日の午後。“魔王陛下”こと空目が本を片手にそこへやってきた。
もう日付は四月だ。『神隠し』の事件以来、桜の花が咲いたままで綺麗に残っているのは、もうこの場所しかなかった。

空目は桜が嫌いではない。
花は儚く散りゆく存在だが、それでも空目が桜を好きな理由には、やはり日本人だからということがあるのだろう。

空目の一歩下がった位置には、従者のごとくあやめが控えている。
授業以外の時間は常に付き添うその姿は、一部で恋人同士だと囁かれている。
もちろん本人たちにその意識はない。むしろそれは――

「……おい、波崎」

ベンチ一個丸ごと、横たわって占領している杏樹に声をかける。
目を閉じていて、本を枕にしていたので寝ているとは解っているが、一応その名前を呼んだ。

「……ぐー………わーうつめ………のくるくるぱーまぁ………………」

―― 一体どんな夢を見ている?

ヒクリと、こみ上げてきた怒りで口元を引き攣らせると、あやめがそれを想像してしまったのかくすりと笑みを零し、そんな己に気づき空目を気にしてあわあわと慌てだしたのが解る。

「……はぁ」

しかし杏樹のこの馬鹿幸せそうに寝ている顔を見ていると、呆れたため息しか出てこない。
いつの間にやら怒りも成りを潜めていた。

唐突に風が吹き、空目とあやめの髪が舞う。
桜の花弁もひらひらと舞い散り、その一部が杏樹の上にはらはらと落ちる。
いつも賑やかで明るい杏樹の、寝ている時の奇妙な静けさ。
それにまるで死人のように、花に彩られる様。

空目は、本当にこいつは生きているのか、と死んでいるのではないのかと、そんなふうに錯覚した。
けれど耳を澄ませば幽かに聞こえてくる呼吸音に、生きていると理解する。
心のどこかでほっとしている自分に、内心首を傾げながら、しかしそれを表にはおくびにも出さずに、杏樹の足元に僅かに空いているスペースに腰を下ろした。

一方のあやめは杏樹の顔を、なんとなく覗き込んでいる。

再び、柔らかな春の風が吹いて桜が舞い上がる。


――杏樹がぱちりと目を覚まして、

顔を覗き込んでいたあやめが驚き、

杏樹も驚いて危うく枕にしていた本を落としそうになったのを伸びをしてキャッチしたため、

思わずその先に座っていた空目を蹴ってしまうまで、あと五秒。



*以下、おまけ*


おそらくその5秒がたったあとには、

「ごめんね空目!まさか座ってるなんて思わなかったから……」
「………………」
「ご、ごめんって……!」
「………………………………」
「ご、ごめんなさい……」
「………………………………………………」
「ご、ごめんなさいって言ってるじゃん!(←逆ギレ」
「……………………………………………………貴様、」

「(あやめは慌てて、でも何をしたらいいのかわからずにいる)」
「……うう、そんなに怒らなくてもいいでしょ……?」
「………………………………服が汚れた(←杏樹が蹴ったため)」
「……だから……もう…………、う……ごめんなさい!ちゃんと洗いますから!」
「……………………」
「……なんでもしてあげるから!」
「……ふん(勝ち誇ったような笑み)」
「(……!しまった!)」

――という会話が、きっとあります。



▼ 『神隠しの物語』が終わり、一段落した空目と杏樹たち。
  しばしの間、その平穏は流れるのでした。
  2011/06/26
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