05/10 神隠し (1巻序盤)

あやめ。

その少女が人間ではないことは、一目見たときからわかっていた。
だけれどもその大人しさや小柄、おどおどした様子から、わたしたち、ひいては空目に何らかの悪影響を及ぼしたり、トラブルを持ちこむような存在だとは思えなかった。
それに、杏樹自身、あやめは悪い人物ではないという見解が強かった。

だってどう考えても、あやめちゃんは優しくて可愛いから。

でも……見かけにはよらないという言葉は人間以外にも当てはまるのだろう。
あやめと一緒にいたところを、武巳と稜子に目撃されたのを最後に、空目は消えた。
まるで、神隠しに遭ったように。

迂闊だった。本当に迂闊だった。

朝空目が来ていないことを知った杏樹は、もちろんおかしいと訝しんだ。
そしてたまたま武巳に尋ねた所、事態が発覚して、昼休みに亜紀と俊也・稜子も交えて話をするということになったのだ。

杏樹はもとより、空目の過去を知っていた。
だから武巳から事情をきいたときから、それが神隠しなのだということも判った。
一方で、戸惑いと怒りを覚えた。
空目へのそれと、自分へのそれだ。
どうして急に。わたしに何も言わずに。
空目からしたら、不合理な怒り。

そしてそれに気付かなかった自分は一体なんだ。この有様は。

もとより、空目が他人を気にするような人間ではないと解っていたはずだ。
自分の目的――異界に行くことを果たすためには、他人など関係ない。
他人にどんなことが及ぼうとも、他人がどんな思いを抱いていようとも関係がない。
そんな空目に対しても、杏樹は怒りを覚えた。
そういう人間だと解っていても、こう思わずにはいられない。
理不尽だ。こっちがどう思っているのか、知りもしないくせに。

わたしがなぜ“この世界に来た”のかも知ってるくせに。
どうしてあなたは、そこまでして他人と距離を置こうとするのか。
友人もいて、人と関わっていないわけではないのに。
中途半端な拒絶。
少しくらいは空目のことをわかったつもりでいたのに。
結局は、何も、全く解っていなかったんだと思わされる。

だから今でも。杏樹は空目のことがわからない。

「助けよう。あやめちゃんについて行くことを空目自身が選んだとしても。
 わたしは空目を助けたい。わたしは空目に、『ここ』にいてほしいから」

杏樹が改めて言った言葉に、いまだに事態に困惑気味だった武巳と稜子、そしてもともと助けるつもりでいた俊也と亜紀が、固い表情で頷いた。





――空目の傍にいたい。
それはこの文芸部の誰しもが思っていることだ。
だけど、杏樹の抱くその感情は、ただ単なる思いとは僅かに違った。

まだそれが何なのか。 彼女は気づいていない。


▼ 杏樹は無自覚です。他人に気を遣いすぎて、自分の『そういう』感情まで頭が回っていません。ですから、自らが抱くその感情の名前を、見つけることができていないというわけです。  2011/05/26
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