03/32 魔女の冗談 (原作以前。高校一年の6月頃)

――聖創学院大学附属。その高校の中庭。


まだそれは、波崎杏樹がこの学校に来て間もなかったころだった。
杏樹(彼女)はたまたま、その近くを通りかかった。
ふと、そこへ目を向けると佇んでいた“魔女”――
――十叶詠子がこちらを振り向き、微笑みかけられた。
まあ午後の授業はないので、その誘いを断る理由もなく、杏樹は向こうへ足を運んだ。

「――へえ……波崎杏樹っていうんだ………」
いい名前だね。

と、純粋な………気味が悪いほど険のない、澱みがなさすぎる笑みを浮かべている。
一度、空目や俊也と共に彼女と会ったことがあった杏樹だったが、いまだにその微笑に慣れることはなかった。
余計な感情が何もない笑みは、確かに違和感を感じる異常なものだった。

しかしそれと同時に、杏樹は、その中に己の深層意識にも必ず隠れているだろう狂気を感じとっていた。
それは――決して似てもつかない人間と、似ていると考えてしまう真実。
まるで、親近感のような。言うなれば――同族嫌悪にも似た感情を、幽かにだが覚えた。
不可思議で奇妙な感覚だった。

「君の魂のカタチは誰よりも不思議だね」

杏樹が話を振る前に、“魔女”は独り言のように言った。

「……?それはどういう……」

真意が読み取れず、怪訝そうな顔をした杏樹に、詠子はにこりと微笑んだ。

「“影”の人よりも珍しい。珍しくて、不思議で――脆くて、だけど強くて綺麗だ」

さぁっと、二人しかいない中庭に風が吹き抜ける。

杏樹は乱れて視界を遮る前髪を押さえた。
一方で、詠子は髪型が崩れることも気にせず、ただその風に身を任せる。

「なにより――“光”に満ちている」

詠子はそう言うと、いっそう笑みを深くした。
子どもがお気に入りの玩具を見つけたときの、嬉しそうな笑み。
どこまでも純粋で、純情で、一片の澱みもない、ありえないくらいに透き通った微笑。
その裏には確かに、確実に純真で無邪気な歪みがそこに在った。
それに恐怖を覚え、杏樹はびくりと肩を震わせた。

「そんなに怖がらないで? ………そうだね……あの人が“影”なら、杏樹は“光”だね」

詠子は、眩しそうに目を細める。
杏樹は怪訝そうな表情を浮かべたままだった。

――判らないのだ。詠子の心が。

杏樹は―――であり、『人間』だ。
―――ならば、様々な世界の汚れたところ、裏の醜く愚かなところ、歪み、狂気などの『影』や『闇』の部分を数え切れないほど見てきている。

そんな己が、一部だとしてもそれらに染まっていないとは言えないはずだ。
否、染まっているのだ。

それを知っている上で、“魔女”は言った。

「うん。やっぱり、杏樹(君)は“光”だよ」

空目同様に、杏樹は詠子のことがわからなかった。
人の心を読むのが上手い空目でさえ、詠子の心(感情)を推測することは難しいだろう。

「――きっと、貴方の『物語』が私たちの『物語』を変えてしまうんだねぇ…………」

どこか切なげに、感慨深げに。
そして名残惜しげに呟いた詠子のその言葉の意味を、杏樹が知ることはなかった。

直後に、杏樹(彼女)を見かけた『人界の魔王』がその名前を呼んだからだ。
杏樹は詠子に、言葉の意味を訊きたかったのだが、
見たところ彼が眉を顰めて不機嫌そうだったので、その場を離れざるをえなかった。

詠子は「構わないよ」と、そう言ったが。
杏樹の頭の奥に、“魔女”の言葉は引っ掛かったままだった。

“影”と共に去りゆく“光”を見送りながら、詠子はいつもの微笑を浮かべ続けているだけだった。


――“光”は決して“影”とは相容れないというのに。
それでも君は、“影”の人の隣に居るんだね。


そんな言葉を、詠子が口にすることはなかったが。
振り返る杏樹に向かって、詠子は笑みを返した。


そうして中庭には、日常の静けさと喧騒が同時に戻っていったのだった。



▼ 詠子はいつでも意味深です。
  前々から、女主のことは「光」だと決めていました。
  なぜなら、空目が「影」だからです。でも「闇」ではない。だけど、「影」。
  影の反対はなんなのだろう、と考えて、光とは少し違うかな……しかしやっぱり「光」だろうと思って。空目と杏樹は対ですから。性格も、考え方も、何もかも。
  それからたまに、詠子がいつもいる場所が『中庭』なのか『裏庭』なのかわからなくなります……;;『中庭』、ですよね!
  2011/05/21
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