16/02 嘘つき (3巻事件前)

――きみはうそつきだ

とかつての同窓生が言った。

――それがなに

と僕は言った。

――うそつきはきらわれるんだぞ

と彼は言った。

――それでもいい

と僕は応えた。





やがて年月が経って。
その通りになった。





俺は学園の異界で菱形の、黄昏色に輝く欠片を見つけた。
それに触れた途端、消えた。
なんだったのかと不思議に思っていた矢先、波崎が転入してきた。
彼女と過ごすうちに漠然と、しかしはっきりと悟った。

あの欠片は、彼女の記憶だったのだ。

返そうと思った。しかし返し方が判らなかった。
言おうと思った。けれどもう少し波崎がどういう人間か観察してからでもいいだろうと判断した。

そんな中で俺は、ひとつの仮定を立てた。
今の波崎の人格は、記憶のない人格なのだ。そうするなら、記憶が戻った時の彼女は、今までの彼女と違うのではないか?
異なれば、どうなるか。異界への有効な対処法が一つ失くなることになる。
村神や近藤たちに対しての説明も面倒だ。
記憶は戻さないほうがいいだろう。
そう検討をつけて過ごしていた。

――本当に?

波崎の記憶を戻そうとしないのは、本当に対処法を一つ失うからなのか?
村神たちへの説明が億劫だからか?

違うだろう。本当は、違うはずだ。

そのことに気づきながらも俺は、気づかないふりをしていた。
そんな感情が己の中にあるなどと、思いたくはなかった。
それは世間一般からすると、喜ばしいことなのだろう。
今まで感情が欠如していた俺に、感情が戻った証拠となりえる。だが俺は、受け入れたくはなかった。それはこれまで存在しなかった弱みが生まれたことと同義だったからだ。





そんな、ある日。
あやめが席を外しており、部室には俺と波崎しかいなかったある日のことだった。
たゆたう沈黙を破り、ついに彼女は言った。

『空目がわたしの記憶、盗ったんでしょ』

それは疑問形ではなく、確信した言葉だった。

『あぁ』

誤魔化す理由もなく、俺は答えた。そして、

『好きだ』

と俺は言った。

『嫌いよ』

と彼女は言った。

『それでいいんだ』

と俺は笑った。
しかし彼女は笑わなかった。

――俺は紛れもなく、彼女を愛していた。
それは今でも変わらない。


なぜそんな、自分らしくない言葉を吐いたのか。
俺でさえ解らなかった。
何の脈絡もなく、告白をした俺に対し彼女は醜いものを嫌悪するかのように、端整な顔を顰めて俺を見て、ドアを乱暴に開け部室を出て行った。
バタンと大きく音を立てて閉まる扉。
それを見つめ、俺は再び、『それでいい』と呟いた。





――きみはうそつきだ

とかつての同窓生が言った。

――それがなに

と僕は言った。

――うそつきはきらわれるんだぞ

と彼は言った。

――上等だ

と俺は答えた。
――そんな、夢を見た。





高校2年の夏休み。
波崎は俺の家に泊まっている。

寝ぼけ眼を擦り、台所と隣接するリビングのソファから身を起こすと、

「あ、空目」
起きたんだ

とキッチンから波崎の朗らかな声がした。
酷く懐かしい声のような気がした。

自分の名を呼ばれることだけで十分だった。
嬉しかった。悲しかった。愛していた。幸せだった。恋焦がれた。

――まるで、感情を失ってからの十年分の思いが溢れ出たような感覚だった。
波崎が、ここに。俺の傍に、居た。
失いたくは、なかった。
手放したくはなかった。
本当は真剣に波崎に記憶を戻すことも考えていた。しかしそれ以上に、今の関係を壊すことに恐れた。
この俺が、恐怖を感じた。
欠落していた感情が、俺の中に根を張った。

「……波崎」

「んー? なあに?」

トレーに載せて、三人分の紅茶と茶菓子を持ってくる。
彼女がそれらを机の上に置くのを待って、俺はその細い腕を掴んだ。引き寄せて、抱き締める。

「っちょ、何?! 空目、どしたの?! 熱でもある?!」

「……ない。ただ、少しだけこのままでいろ」

慌てる波崎を押さえこんで、俺は抱く手に力を込めた。


嘘つきでもいい。嫌われてもいい。
それでも今は。

――愛していた。それ以上に、手放したくなかった。それだけのことだった。
隣にいて欲しいと、柄にもないことを願いながら。


▼ 空目が偽者すぎていけませんね……。ちなみに二人きりの部室内でのくだりは、全て空目の夢です。
  2010/11/3(2014/01/27up)
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