15/04 差し入れ (2巻以降3巻以前)
「差し入れですけどー!」
コンコンとノックをして、部屋の中からの返事も待たず文芸部室の扉を開けたのは、七月に転入してきた霧生初灯だった。
「やほー初灯くん!」
「よっ! 霧生!」
「……今日は……何の菓子だ?」
「この匂いは――ケーキ系統か」
「わー! ケーキ! ケーキ!」
「……杏樹ははしゃぎすぎ」
それは昼食も食べ終わり、午後の授業もない日の三時過ぎの出来事だ。
転入してからというもの、初灯は文芸部室を訪れる度に何かしらの菓子類を持ってくる。
手作りのときもあれば、買ったのもアリ。杏樹たちには好評だ。
しかし意外にも文芸部に入っているわけではない。部活に元から所属していないのだ。
けれども結構文芸部室に来ているので、事実上文芸部員と言ってもいいだろう。
「全部で八つありまして。今日は、ガトーショコラ・ショートケーキ・モンブラン・シフォンケーキ・スペシャルサンデー・チーズタルト・アップルパイ・ティラミスですよ」
言いながら、それらが入っている紙箱を机の上に置き、鞄から持参の皿やフォークを出し始める初灯。手慣れた仕草だ。
群青色の髪、金色がかった瞳をしている初灯もおそらく杏樹と同じハーフなのだろう。
その動作からは、妙に洗練されていて似合っているように感じられた。
「やったー! じゃ、わたしガトーショコラ!」
チョコレート好きな杏樹が一番に諸手を上げて声を上げ、
「あ、それなら私はショートケーキ!」
続いて稜子。まさに王道を選ぶ。
「……ティラミスで」
三番目に亜紀。甘いものが苦手そうに見えて、彼女もやはり女の子である。
「んじゃチーズタルト!」
亜紀の後にすぐさま武巳。威勢がいいのはご愛敬。
「俺は――……シフォンケーキだな」
次に空目。まあ彼らしい選択でもある。
「……わ、私は…えと、あの……アップルパイで……」
空目に視線で促されて、おどおどと控えめに言うあやめ。
「……モンブランにする」
チョコサンデーといういかにも甘そうですごそうなパフェなど食えるかと、内心で思っていそうな俊也は妥当な線だろう。
「ふむ。それじゃあ僕はチョコサンデーですね」
残り物ですし。
とかなんとか微笑んで言いながら、全く“残り物かー残念だなー”とか思ってなさげな初灯。実は彼、甘いものは好物なのだ。
そして当のチョコサンデー。高さ20センチあるパフェである。
チョコレートと生クリームがふんだんに使われた、カロリーも高そうなスイーツだ。
「……食べられるのか?」
俊也が呆れた口調で尋ね、
「もちろんですよ!」
と初灯は意気込んで答える。
「なんなら早食い競争でもしますか?」
にこり、と笑う初灯はとてもキラキラ輝いていた。
別に断る理由もなかったのだが、そんな彼を見て思わず俊也は、
「いや、いい」
きっぱりといつの間にか答えていたのだった。
いや、もう本当に輝いていましたよ彼は。(亜紀談)
「んーおいしーv!」
「ね! 初灯くんこれどこで買ったの?!」
「……悪くはないね」
「ああ、そうだな」
「おいしい……です、ね」
「おお! うめー!!」
「このボリュームたっぷり感がたまらないんですよ!」
「……はぁ」
夏休み前の文芸部。その部室での日常であった。
暑さが増してくる夏の日。外では蝉の鳴き声が響いている。
▼ 閑話休題の話
2010/09/11(2014/01/07up)
[ 16/19 ]← | →←
戻る