13/17 獣 (2巻)

亜紀は羽間市内のアパートに住んでいるが――寮へ向かうその道中、前々から疑問に思っていたことを、杏樹に尋ねた。
今まで何度も訊こうと思った。だけどどんな返答が帰って来るのか恐くて問えなかったこと。

「あんたは恐くないの? 私が憑き物筋だってわかったのに」

杏樹は、呪いのFAXの事件の際に亜紀には犬神が憑いていると知った。
それは文芸部の面々も同じだった。
だが、空目を除いて、どこか戸惑ったような表情を武巳たちはした。しかしその例外が杏樹だった。杏樹の反応は「ああ、そっか」。ただその一言だった。
突き放すような冷淡な声ではなかった。受け入れて納得した、そんな感じだった。
普通の反応とは違い、あまりにもすんなり、あっさりしすぎた態度で、亜紀はその短絡さに怒りより先に呆れを覚えた。

だからこそ、なぜそんな反応だったのか疑問に思った。
一般人は、犬神が憑いていると言えば「冗談でしょ」などと笑い飛ばすか、恐がるかの
どちらかだ。しかしその反応のどちらとも違う杏樹。

――まあ、この子の場合、大穴で何にも考えてないっていうこともあるのかもね……。

自分の中に潜む獣。
それは自らの一部だというのに、それでも亜紀は恐い。
当人でさえ恐怖を抱いているのに、杏樹にはそれがないのか。

「うーん……恐くない、と言えば嘘になるかな……」

苦笑気味に答える杏樹に、亜紀は興味深そうな表情で「へえ」と相槌を打つ。

「わたしでも、やっぱり獣、っていうか……そういうものはちょっと恐いよ。だけど、それは亜紀の中にあるもので、亜紀のものだ。だから、あまり恐くない」

亜紀は、杏樹の要領の得ない言葉に、眉根を寄せた。

「ええとね、うまくは言えないけど……。獣を抱えていても、亜紀は亜紀だ。それが変わるわけじゃない。そうだよね?」
「……まあ、そうだけど……」

亜紀は今度は杏樹に問われて答え、気づく。自分はこの言葉が欲しかったのかもしれない。
本来ならば、あたりまえな言葉。言われなくてもわかっている言葉なのに――。
杏樹に言われると、不思議な気分になる。
しかし言い負かされたような感じもするけど。
何が面白いのか、笑みを浮かべている杏樹に、はあとため息をつく。

「……ありがとう」

言って、あれ、と心の中で亜紀は思った。
何で私、礼なんて言ってるんだろう。別に言うつもりなかったのに。
自然と口をついて出てきた言葉に、内心首を傾げていると、

「どういたしまして!」

杏樹が本当に嬉しそうに笑って応えたので、まあいいかとそれは深く考えないことにした。
夕日に照らされた寮への道を並んで歩く。
彼女の笑顔を見たら、本当に幸せそうで。自らも自然と笑みが浮かぶようで。
自分の獣――犬神についての悩みなんて、どうでもいいちっぽけなものに思えてくる。
今。今だけでいいから。
色んなしがらみや悩みを忘れていたいと、亜紀は強く願った。


▼ 2010/08/18(2013/12/02up)
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