10/30 番犬 (1巻以降2巻以前)

それはある日の文芸部のこと。
意外にも、その日は空目も武巳も亜紀も稜子もあやめも、いまだ部室には来ておらず、いたのは杏樹と俊也だけだった。

一週間前、『神隠し』の事件があった。
その事件を通して、杏樹は解ったことがある。


「――俊也はさ。空目のことが、とてもとても大事なんだよね」


普段から確かに、彼は空目の護衛人(まもりびと)のようだった。
しかし傍から見ると、俊也と空目の距離は護衛対象と護衛人(まもりびと)というものではないだろう。

あやめのように、ずっと傍から離れない存在ではない。
俊也はお互いに丁度良い距離感で、空目の傍に在る。
杏樹がこの世界に来る前も来てからも、それは変わらずそこに在った。
杏樹は俊也のように上手い付き合いをすることはできない。
杏樹はそんな俊也が羨ましい。
けれどだからこそ、杏樹も杏樹なりに空目を護っているのだ。


「ああそうだ」


あたりまえだと言わんばかりに応える俊也に、杏樹は「そっかー」と頷く。

「……で。それがどうしたんだ?」

俊也は怪訝そうな顔をした。

「ん。別に深い意味はないかな」

言って杏樹は少し考える仕草をし、

「強いて言うなら。空目を護るのは、俊也だけじゃないよ、ってこと。
 わたしもいるんだからね。この最強の波崎杏樹サマが!」

「自分で言うかそれを……」

俊也に呆れられたが、杏樹はそれでもにっこりと笑い、

「独りで全部背負い込むなんて、駄目だからねー!」

そう言ったのだった。

「……!」


真面目な表情をして言ったわけでもないのに、なぜか俊也の鼓動はドクンと波打つ。
その言葉に、胸を打たれた。

――こいつの一言一言には、いつも心が動かされる。

他愛のない言葉で、ありふれた、使い古された王道の言葉でも。
杏樹が言うことで、自分の中に響く。
はじめはこいつが文芸部に入ることを認めなかった。自分のほうが、空目との付き合いは長いのに、そんな己を差し置いてなど。
出会ったばかりだったというのに、まるで前からの知り合いのような雰囲気を空目と醸し出していた杏樹を、認めたくはない。それは一種の嫉妬だった。ずっと護っていた友人を盗られる、そんな危機感と焦燥感から生まれた感情だった。


「………善処する」


すんなりと出てきた言葉だったが、しかし俊也はそれが意外だとは思わなかった。
理由などなかった。むしろ、そのことに理由がないほうが相応しく感じた。

「ん!それがいい!」

杏樹がにこっと明るく笑う。
それを見て、自然と俊也の口元も緩む。


――こいつはなんというか、不思議だ。


俊也は心の中で静かに呟いて、
皆を待つ間、陽だまりの部室の中でしばらく彼女との世間話に興じたのだった。



▼ 最近はMissingを読む暇がないので、登場人物たちの設定を忘れそうで怖い……;;  2010/09/12(2011/12/09up)
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