Starry☆Sky&夏目友人帳→ひとりぼっちのお姫様 | ナノ
05 きっと、あれが、絶望の色

夢を見た。
幼いころの、夢を見た。





小さな女の子が何かに追われるようにして走っている。
時折後ろを振り返りながら、泣きそうになりながら、それでも少女は走っている。
周りの人間は、一度も見向きもしない。





『うそつき』

――うそなんていってないよ。

『うそつき』

――うそつきじゃないよ、どうして、ねえ、あそこにいるでしょ、

『うそつき』

――髪の長い女の人が、いるのに

『うそつき』

――うそなんてついてない、なんでみんな、気づかないの……っ?





『…………まるで、化け物みたいだわ』

                 『なにせ、私たちと話もしようとしないのよ』

『いつも気味の悪いこと言って』

                 『……………おかしな子。人間じゃないみたい』





散々“嘘つき”と言われ、聞き飽きるほど“化け物”と言われた。
そのうちに、いつしか人への興味がなくなっていた。
唯一自分の世界に残っていた、妖怪も視界から消した。
話しかけられても無視をした。
彼らがいるから、わたしは独りになったのだ。そんな理由から生まれた八つ当たりだった。

夏目と出会った。
同じ景色が見える友人ができた。
人と関わることを諦めていた私は、四六時中夏目とは共にいるようになった。
二人なら。
どれだけ嘘つきと、化け物と罵られても虐げられてもよかった。
むしろ、このころ。
わたしは、全ての元凶が他の人間なのだということに気付いた。

夏目が引っ越して行った。
また、独りになった。
一人は寂しい。今まで、夏目が来るまで独りぼっちだったくせに、わたしはそんなことを思っていた。
それと同時に沸々と人間への憎しみと怒りが、生まれ、心の奥に溜まっていった。
わたしたちを迫害した人間が悪い。同じ景色が見えないから、そう易々と軽蔑できる。
わたしたちは知っている。
隣の優しそうなおじさんが、妖怪に祟られて死んだことを。
向かいのうるさいおばさんが、実は妖怪に憑かれていたことを。
同じクラスのきっちゃんが、妖怪が起こした悪戯の交通事故で死んだことを。
隣のクラスのあーくんが、妖怪に背中を押されてニ階の窓から落ちたことを。
ほかにもいっぱい。
全部わたしの所為にされた。
わたしがそれを、全部すぐ傍で見ていた。
だけど止めなかった。止めようとも思わなかった。
言っても誰も、どうせ信じてくれない。嘘つきだって言われる。
そしてなぜだかこんな事故が、事件が、わたしの周りでばかり起こる。
それなのに、みんなはわたしを『不幸を呼ぶ子』だと言った。
正直に告げても、『嘘つき』っていうくせに。これっぽっちも信じないくせに。理不尽。

それからやがて、嫌いで憎い人間のために、一挙一動の感情をくれてやることが無駄に思えてきた。
そう。無駄で無意味で、面倒だ。どうでもよくなった。わたしという存在を認めてくれない世界が、要らなくなった。
世界もわたしを必要としなくなった。人間なんて、どうでもいい。同じ景色が見えない人間は、この地球から残らず消えればいい。そうすればわたしたちは幸せになれる。そうでしょ夏目。夏目だって、こんな世界は嫌でしょ。
だけれど、そんな幸せを望む心さえ、わたしは無意味だと思うようになった。
叶わない幻想を追いかけるのには、もう飽きた。

その後私は、必要だと思わない感情全てを、心の深淵の箱に閉じ込めた。
生きる屍。
まさにそれだった。

中学に上がった。
周りの面子に変わりはない。
変で不気味なことを言わなくなった代わりに、無表情無関心無感動を貫くようになった私を、彼らはさすがに虐めることはなかったが、『冷徹女』と呼称するようになった。
なるほど。確かにそうも受け取れる。
そんなある日。どうでもいい義務教育の2年目。
夏目から、手紙が来た。
両親が捨てようとしていたところを、見つけた。
今までも何通か来ていたが、二人が揃ってごみ箱行きにしていたみたいだった。
その手紙をもぎ取って、私は自室へ籠った。

『――如月壬槻さまへ
  久しぶり。どうかな、元気にしてる?
  何回か手紙出したんだけど、やっぱり届いてなかったのかな……?
  こっちは………相変わらず、だね。
  もう俺は、“妖怪が見える”という素振りや言動をすることはやめてしまったけど、さすがに周りの反応は変わらないな。………壬槻は、どう?
  また、会えるといいな。
  会って、色んな話がしたい。
  壬槻としかできない話を、何度もしたいよ。
  それじゃあまた。
                              ――夏目貴志より』

そんな短い手紙だった。
簡素な封筒に、一枚の紙。
同封して、綺麗な空の絵はがきが入っていた。
夕空が完全な夜へと変わる前の、橙と群青、紫、いくつもの色をした瞬間の空。
私が一番好きな、空の色。
それを見て、頬が緩んだのを覚えている。

――私も会いたいよ、夏目。

そうして私と夏目は文通を始めた。
お互いが高校生になってもそれは携帯に移って続いて。
今も私たちは友人だ。





「…………おーい。大丈夫かー如月ー」

ハッと目を開けると、目の前にいたのは背の小さい天文科の先生だった。
――ああ、授業をBGMに寝ていたというオチか。

「……大丈夫です。問題ありません」

自分の返答で、某ゲームを思いだすがこの際は関係ない。

「そうか?なんだか顔色が悪そうだが……」

「なんでもありません。心配しないでください」

どうしてこのところ、妙に他人に絡まれるのだ。
鬱陶しいことこの上ない。
私は独りでいたいのに。

「それならまあ……大丈夫か。何かあったら保健室行けよ!」
琥太郎センセが手とり足とり面倒見てくれるぞー!

「……そうですか」

最後の一文は色々と突っ込みどころ満載だったけど、私はあえてツッコまない。ボケ殺しだ。

「むむ……………」

すると陽日先生は黙りこむ。私にツッコミを求めるとは、お門違いである。

「…………………次の授業をするクラスに行かなくてもいいんですか」

悩むように沈黙し続ける陽日先生の対応が面倒くさくなり、さっさとどこかに行けと言外に含めて口を開く。

「おっおお!そうだった!じゃ、またな如月!」

駆け足で去って行った。
なんだったんだ、あれは。
『またな』って。またなも何も、私は『また』なんて要らないのに。
望まないものを押し付けられるのは嫌いだ。特に、押し付ける人間は。





必要のない感情が、自らの心の浅い場所に浮かんでこようとしている。
頑丈な箱の鍵を、開けようとしている。
望みが絶たれた世界を知っているのに。

そんなもの、くだらない。


▼ ちなみに、最後の『そんなもの』は『感情』のことです。 2011/05/20
戻る
[ 7/10 ]
|
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -