03 世界は残酷だと言われる方が納得できたのだ
翌日の昼休み。
退屈な授業(いや中にはそこそこ興味をそそられるものもあったが)が、一段落の終わりを告げ、全学年の生徒が一時的に解放される時間。
この星月学園は、その時間を1時間も取っていた。
夏目というある友人に聞くには、他の学校は昼休みなど40分程度だという。
なるほど。その面では、この学園は恵まれている。
教室で弁当を広げるも良し、食堂で学食を食べるのも良し。
もともとこの学園に友人をつくっていない私は、教室でわいわい賑わっている中で昼食を摂ることは好まなかった。自分が一人だから、楽しげな彼らを見て、惨めな思いをするからではない。惨めに思うことなど一切ない。
うるさいから。その言葉が、態度が耳触りで目触り。結局自分が教室にいていいことなどなにもない。
私も彼らがそこにいるのは好まないし、彼らも私がここにいるのを好まない。
そんなお互いにマイナスの影響しかないのなら、お互いにプラスの影響を及ぼす方がいいはずだ。
そういう結論。
だから私は、いつも屋上庭園の人目につかない片隅で昼食を摂る。
階下でも他人がいない場所ならよかったが、周囲に人がいなくとも、上階から見られていないという可能性はない。
馬鹿と煙は高いところが好き、というが、決して私は馬鹿でも煙でもない。断じて違う。
今日ももちろん例外ではなく、さあ屋上庭園に行こうと教室を出て廊下を歩き始めた瞬間。
「…………」
前方に錫也がいた。
にっこりと笑みを浮かべた彼が、進行方向にいた。
嫌な予感がして、潔く踵を返して逃亡を試みたが。
「……逃げるなんて、酷いなあ」
なんというか、昨日と今日で錫也のキャラがぶれる。
なぜだ。彼はこんな人物だったろうか。
どうでもいい。他人とは関わらないし、他人にも関わらせないのだから。
「一緒にお昼でも、どう?」
「嫌」
彼の誘いを一刀両断すると、さすがの錫也でも即答されるとは思わなかったらしく、驚いていた。
「………どうして?」
それでもなお、食い下がってくる錫也に私は眉根を寄せる。
どうして?
そんなもの、私の台詞だ。
どうして、なぜ私に構う?放ってくれない?
錫也の心が全く理解できなかった。否、他人の心など理解することなど誰もできやしない。
むしろ、他人の理解を必要としない。少なくとも、私は。
「嫌なものは嫌」
しかし、本当の理由を打ち明ける筋合いはないので無感動に答える。
その答えを聞いて今度は錫也が顔を顰めた。
「……そうか」
なんて協調性がない奴だ、とでも思ったのだろう。
冷たい声音だった。
――だから面倒くさいんだ。他人と付き合うなんて。関わることには、何の意味も成さないのに。
こうやって、友人になりかけた人間でさえ離れていく。……離していく。
一人が良い。今までずっと、一人でいたから。
世界にいるのは私と、夏目だけでいい。
私と同じ“景色”が見える人間だけでいい。
改めて、屋上庭園に向かうため、今度は錫也の横を通る。
彼が廊下を、私の行く道を塞いでいるというのなら、無理やりにでも道を作る。
私の邪魔は、誰にもさせない。
「――――それでも、」
脇を素通りしていく私の腕を、力強く掴む手があった。
「俺は君と、昼食を共にしてみたい」
鋭く強い意志の宿る瞳が、私に向けられていた。
こういう目は、嫌いだ。
何もかも見透かされているように、勘違いしてしまうから。けれど、見透かされていることなどありえない。
「まだ嫌だ、って言ったら?」
突き放すように呟いても、
「無理にでも一緒に昼食を食べる」
結局自分は、流されてしまうのだろうか。
他人と関わるのだろうか。
嫌だ。関わらない。関わりたくもない。
「そんなの、あなたは面白くもないでしょう。私もすごく不愉快になる」
「でも俺は君と居たい。君と話がしたい。君という人の――心に、触れてみたい」
「…………」
ほらきた。
見かけだけの同情。
上辺だけの好奇心。
そんな軽易な共感は、いらない。
私とあなたは同じ人間じゃない。同じではないのだから。
それを知ったとき、あなたはどうするの?
散々期待させておいたあげく、嫌悪して軽蔑するのでしょう。
これでもかと言わんばかりに眉間に皺を寄せると、錫也は困ったように苦笑してみせた。
「………………今日だけなら」
それを了承だととった錫也は、ほっと表情を緩ませて息をついていた。
ああもう面倒くさい。
だから他人と関わるのは嫌だ。
今日。今日が過ぎたら。
私は錫也を無視する。私ははじめから、誰とも関わっていないのだから。
これからも、誰とも関わらないだけだ。
――ただ、放課後に『クッキーの作り方を教える』約束をしてしまっていたことを、後悔した。
▼ 夢主の性格が書きにくい……。そして、名前変換がなくて申し訳ないです……。
彼女の「関わりたくない」と「関わりたくもない」「関わりたくもならない」は異なるんです。 2011/05/13
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