08 同じ世界など見えなくて良いのです。
ある冬の日。
寮に帰り、しかしすることもないので再び学校へ戻り屋上庭園で寝転がっていた夜。
目の前に、今見えるこの星空ではない景色が広がった。
*
一人の少女が、夜の公園で泣いていた。
星空の下、誰もがその美しさに見上げればふと気づくであろう、そんな夜。
年端もいかない小さな女の子が、公園の片隅にうずくまって泣いていた。
嗚咽をこらえるように泣いていた。
まだ子どもなのに、我慢なんてしてくていいのに。
それでもその少女は、堰を切ったように泣くことはなかった。
しばらく少女は泣いていたが、誰も迎えに来ることはなかった。
両親でさえ。
彼女に親がいないということは、決してないはずなのに。
*
『嘘つき』
『化け物』
その度に傷ついたような、酷く悲しそうな表情をしていたその少女は、やがて年月が経つにつれて表情を表さなくなった。何も感じていない、無表情を浮かべるようになった。
その面影は、俺の頭の中で誰かと重なった。
*
彼女の未来は。
そこにあるはずの未来は、確かに視えた。
だがそれは、酷く寂しい、酷く悲しい生き方であり未来であるように思えてならなかった。
*
幾度となく繰り返し見た、今回の星詠み。
同じ人物についての出来事が、まるで回想のように流れていく。
未来の日常がそこに存在した。
なぜかそこには、変えることはできなかった過去の日々も。
そうして俺は、決意した。
彼女を、変えようと。
彼女のこれからを、変えるんだ。
まだ間に合う。変えられる。
だから――
*
「…………焦りすぎたか……」
生徒会長用の椅子にどかりと座り込み、机の上で脱力して、肺の中の息を全て吐き出すようにため息をつく。
事実、俺は食堂のおばちゃんと共謀した。
そうして如月と人――東月錫也を関わらせようとしたのは確かだが、俺はその東月本人には何も言っていない。
もともと、如月が調理室に出入りしていることは知っていて、同じような時間帯に東月が調理室に来ることが多いということを知っていた。
だから、おばちゃんに頼みこんで彼女ら二人が鉢合わせするように、計画してもらったのだ。
ただそれだけである。
それ以外は何もしていないし、それ以降も何もしていない。
まさか一度話をしただけで、東月が如月と自主的に関わり、友人になろうとしているのは予想外だったが。
それは良い裏切りだった。
――けれど。
今日。彼女の拒絶に、その表情と瞳に気を取られすぎて、俺が東月に何か吹き込んだのだということを否定するのを忘れていた。しまった、と思った時にはもう、如月は生徒会室を出て行っていた。
きっぱりと『もう会わない』宣言のような態度を取られてしまった俺が、一体これからどうやって彼女とコンタクトを取ろうかと、悶々と悩んでいた時。
「あれ? 会長……どうしたんですか?」
ガラッと音を立てて生徒会室に入ってきたのは、どうやら颯斗だったようだ。
机の上にだらしなく突っ伏している俺を、呆れた目で見やる姿が目に入る。
「………月子は」
「……何言ってるんです会長。会長が月子さんに『今日は、生徒会の仕事が少ないから部活に行ってこいよ!』って言ったんじゃないですか」
怪訝そうな声音が聞こえた。
その後で自分たちの机に、どさりと書類の束を置いた音。
…………こりゃ、結構仕事あるような気が………………。
「……あー……そうだな……」
思いだして相槌を打った俺に、
「…………会長、今日はなんだか変ですよ? 大丈夫ですか?」
颯斗が心配した声をかけてくる。
「んーいや、大丈夫だ」
今回のことは俺の独断だったしな。こいつらには関係のないことだ。
俺は言って、起き上がりぐ、と背にもたれて伸びをする。
颯斗は、それ以上追及することはなかった。
背中を向けている窓を振りかえると、ほんのりと橙色に染まっている空が見えた。
そうして、普段通りとは少し違う一日も過ぎて行った。
▼ 会長とそらそらの公式主の呼び方がうろ覚えなので、合っているかどうか不明です……。他にも間違っている部分があればご一報くだされば幸いです
そして以下は詳しいあとがき。いつになく長いので読み飛ばしてくださって結構ですよ!
夢主と颯斗。この二人は関わりが(あまり)ないわけですが。今回のあとがきではそこに触れようかと。颯斗は、夢主が他人を拒絶するような空気を自分から作っていることを知っているので、そんな彼女に、無理やり人と関わらせることはしない方がいいんじゃないかと思っています。ですから、彼は壬槻と話を交わしたことは、一回あるかないかくらい。なので壬槻は颯斗の存在を、忘れかけてます。
基本的に他人に興味がない壬槻です。しかし、否がおうにも目にして耳に入ってくる有名人物の名前は覚えてます。あーでも、よくよく考えてみると同じ科で生徒会なんだから、颯斗のことも知ってそうですが。もしかしたら、後に登場してくる星月先生と同じような理由で苦手としているのかもしれません。
一方で、不知火会長が視た夢主の未来。まだ曖昧としたものですが;; ただ、壬槻が未来でも一人なのだということはわかってます。そして、夏目ともおそらく関わっていないことや他人から見れば、それが悲しく寂しく虚しい生き方だということも。
それは一つの可能性であり、確実に現れるものではないと承知しています。が、彼はそれを目にしてしまったので、見逃すことはできず、この未来を変えたいと思った……というわけです。
それから、今回のタイトルの話題。『同じ世界など見えなくて良いのです。』群青三メートル手前さまでこのお題を見つけた時、これだ!!と思いました。まさにこれ! この言葉。夢主が心の奥底にしまっている感情の中には、この言葉を望む感情もあったはずです。
壬槻はあやかし……妖怪が見える。だけど、他の大多数の人間には見えない。
ちなみに、今回の作中で、不知火会長が『まだ間に合う。変えられる。だから――』と語っていましたが。この『だから――』の『――』の部分に入る言葉に、気がついた方はおられましたでしょうか。実はこの部分が、『だから、同じ世界なんて見えなくて良いんだ』です。すぐ直前の、『まだ間に合う。変えられる。』とは、直接的には順接の繋ぎにはなっていませんが……;;
この言葉の真意は、『妖怪が見えても見えなくても、人は解り合える』ということです。不知火会長らしい言葉ですね。
……とまあ、こんなに長々とあとがきを書いてしまい申し訳ありませんでした!!
2011/05/05(2013/05/19up)
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