07 貴方が決めることじゃない
つくづくおかしいとは思っていた。
なぜって、どうしてあのタイミングで、東月錫也が調理室に来たのか。
約一年間。猶予はあった。
その内には、はち会うことなど一切なかった。
むしろ、私が避けていたと言っても等しい。
他人と関わって何になる。
クラスメイトは、いまだに私の扱いに戸惑っているらしい。それでいい。勝手に悪意を持たれ、向けられるよりはよほどいい。だが大抵の短気な奴は、何の理由もなく悪意を向けてくる。一体私が何をしたというのだ。何もしていない。しているはずがない。なにせ、私は他人と関わっていないのだから。
しかしやはり、生きているというこの行動自体。
呼吸をしているというこの生命活動自体が、すでに他人と関わっている証拠なのかもしれないと、推測してしまうと酷く不愉快になる。下等な他人に、同じ景色が見えない人間に対して、一喜一憂することにもくだらないと、だいぶ前に結論付けていた私の心の奥の箱から、『嫌悪』が浮き上がってくる。闇色をした心の海の深淵から、ゆっくりと上がってこようとする。それを私はいつも、一番奥底に引きずり戻す。何も、いらない。
あれから食堂のおばちゃんにあえてきつい口調で問い詰めると、観念したのか教えてくれた。
おばちゃんが、あの時間帯に調理室――食堂を空けることも、あとあと考えるとおかしかったのだ。
東月錫也という存在との出会いが、インパクトがありすぎて、色々なことが後回しになっていた。
――いつも独りである私に気を遣って、おばちゃんが不知火会長と手を組んでいたということを。
それを、『余計なお世話だ』とその生徒会長にきっぱりと告げることを。
*
不知火一樹。
あの人に目をつけられたら終わりだ。
と、風の噂で聞いたことがある。
その証拠に、夜久月子や同じ神話科の誰かは無理やり生徒会に入れられたのだから。
この強引さが果たして吉と出るか凶と出るか。
彼女ら二人には、吉と出たが。私には凶としか出ない。
五階の生徒会室の扉をノックする。
「入れ」
その生徒会長を初めて目にするのであれば、この声は威圧のあるものに聞こえていただろう。
しかし私には、ただの強引でそれなのに周囲からは好かれている上級生にしか見えない。
大多数の人間とは異なる、星詠み科の人間であるはずなのに、彼は誰からも好かれている。
酷く不愉快だ。
なぜ彼は良くて、私は駄目なのか。
全くもって理解できない。
ガラリと扉を開けて入ると、そこには幸いなことに珍しく生徒会長その人しかいなかった。
専用の椅子に座り、体重を背もたれに預けている。
視界の片隅に、彼が会長権限でつくらせたらしい茶の湯スペースが目に入った。
私の姿を見て、何を勘違いしたのか表情を明るくさせる彼。
こういう、わざとらしい気遣いはいらない。
私には誰も必要ない。同じ景色が見えない人間など、いらない。
「やめてもらえませんか」
話を長引かせるつもりもなければ、後回しにするつもりもない。
私はただ、他の生徒会メンバーが帰って来る前に、この用を済ませておきたかった。
「私が独りだからって、故意に友人を作らせようとする真似は」
きっぱりと、拒絶を含ませた声音で言うと、椅子から立ち上がり、こちらにやって来ようとしていた彼は一瞬息を呑んだように見えた。緑色の瞳が、刹那だけ揺れた。
「なぜだ?……如月、お前は自分から好んで独りでいるとでも言うのか」
心底不思議そうに尋ねられた私は、思わず鼻で笑いそうになった。
そうだよ、それがどうした。
何も貴方にわかるわけがない。
私は誰にも話さないし、話す必要もないから。
なにより、他人の理解なんて要らない。
「そうです。どうせ、東月錫也も貴方がけしかけて、私と仲良くなるように頼んだんでしょう? そんな上っ面だけの友情も同情も要りません」
静かな怒りが、沸々と湧きあがってきた。
そうだ。全てがおかしいんだ。
あの日から、全部がおかしくなった。
どうして私は、誰かと話をするのだろう。
どうして私は、誰かに付き合っているのだろう。
どうして私は、誰かに振り回されているのだろう。
上っ面。上辺だけ。表面でだけ。浅くて軽い。そんな同情は必要としない。
周囲から向けられる感情は、無関心だけでいい。
「――如月壬槻。生年月日は19××年12月1日。好きなもの・嫌いなもの共に特になし。
趣味、クッキーなどのお菓子を作ること。それから読書と小説を書くこと。最近書いているのは『空色設計士』。
現在は神話科1年。成績は中の上。授業態度は中の下。性格、無表情無感動。人とやたら関わらない。星月学園での友人は皆無。幼少期には友人が数人存在し、挙動不審なところが多々存在。両親とは今は半絶縁状態にある」
どうしてそんなことを知っているのか、この際はどうでもよかった。ただ、怒り。憤りだけが、支配する。
何も必要ないというのに、そう拒んでいるというのに………………! どうして、関わってくるの?
なぜそんなに、平然としていられるの?
「――こんなお前だからこそ、俺は行動に出た。
折角の学園生活なんだ。独りは寂しいだろ?」
「……それがどうしたというんです? 独りには慣れています。ずっと独りでしたから。だから独りでいることも苦痛じゃない。むしろ、独りが良い。そう言っているのに、どうして貴方たちは放っておいてくれないんですか……!!」
ここで殴りかからなかった私を褒めてほしい。
余計なお世話なのだ。おせっかいなのだ。
要らないと言っている。要らない。要らない…………!
「――……だから、だよ」
酷く優しく、諭すように彼は零す。
私は子どもか。いや、彼から見ると、私なんて本当に子どもなのだろう。
やがて私は、自身が取り乱していたことに気付き、息をつく。
「…………何がですか。余計な世話は焼かないでください。迷惑です。私は何も必要としていない。――それでは」
淡々と無表情でまくしたてて言い切り、背を向ける。
「っ如月!!」
焦ったようにも聞こえる不知火会長の声を背中に浴びながら、入って来た時と同じように何の感情も表れていない無機質な手で扉を開け、生徒会室をあとにした。
▼ 俺様何様生徒会長様!な不知火一樹登場!の回。
ちなみに、壬槻の言葉の『……それがどうしたというんです?』以降は、ほぼ彼女の本音。『貴方たち』とは、もちろん錫也が含まれるから複数形です。
2011/05/02(2013/01/14up)
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