嘘吐きな盗賊とお姫様 01
『逃げればいい。どこまでも』
「映画、どうだった?」
商店街に出る。
今まで狭い部屋に閉じ込められていた俺は、外の澄んだ空気を吸い込み伸びをした。
「ああ、よかったですよ。薔薇の屋敷に囲われた少女と旅人の青年の話。
映画では、こういう童話を思わせる作品は少ないですし」
「そう。それなら来た甲斐があったね」
日生先輩はにこりと笑った。
――言わずもがな。今日は以前約束していた『デート』の日である。
普通に『一緒に出かけよう』と言えばよかったのに、と俺は相変わらず読めない日生先輩の意図に苦笑う。
この人は、変なところで気障だからなあ。
人々が行き交う商店街。
和洋折衷の建物が並ぶそこは、雑然としているようでしていない。
微妙なバランスを保ちながら調和していた。
「……あの、」
ふと、思い出して口を開く。
「どうして、紗夜じゃなくて俺だったんですか?」
それは、『デート』に誘われた時から怪訝に思っていたことだった。
なぜ紗夜ではない。
そもそも、これは日生先輩が冗談めかして『デート』と評しただけの、それ以上でもそれ以下でも何でもないものなのかもしれない。
それでも思う。
どうして女の紗夜ではなく、男の俺だったのだろう、と。
男と二人きりでなんて、進んで出かけて行くなんてまっぴらじゃないのか。
俺だったら、男と出かけるなら可愛い女の子と出かけたいと思う。
それに、日生先輩は紗夜に気があるのではなかったか。
日生先輩の顔を見つめて、じっと答えてくれるのを待つ。
やがて、その口角が上がった。
「……さあ? どうしてだと思う?」
「やっぱり結局はそうきますか……」
身構えて待っていたものだから、あまりにも普段と変わらない答えに脱力した。
やっぱり、この人の考えがわからない。
「……もういいです。で、次はどこに行くんですか?」
「んーと、おなか空いてるかなーと思って、とりあえずどこか昼食を摂れるところに行こうと思うんだけど」
確かに、映画がそろそろ昼飯時かという微妙な時間から始まったため、もう昼ごはんを食べてもいいころ……むしろ、昼食を摂るには遅い時間帯だ。
一応掌をお腹の上にもってきて、その調子を伺う。
すると案の定、
ぐう
「……………………」
「…………今の、若?」
黙って顔を逸らす。
「……顔真っ赤だけど」
もっと逸らす。
「ふふ、可愛いなあ」
誰か俺に穴を恵んでください……。
「うん、それじゃあ若のお腹も『早く昼飯くれー!』って叫んでるらしいから、行こうか!」
その清々しい笑顔が憎いです日生先輩。
しかしながら、日生先輩は『どこで』昼食を食べるのか決めていなかったようで、結局は俺と紗夜行き着けの喫茶店で昼食を摂ることになった。
俺はドリア、日生先輩はパエリアを頼む。
そこまではよかったのだが、そのあとまさかの災難が俺に降りかかる。
日生先輩から、味見程度にもらったパエリアが、辛すぎたのだ。
そういえば、ここのパエリアは辛いので有名だったと思ったのは、それを口に入れてからで。すでに時は遅し。
あとからやってきた強烈な辛味に、声にならない悲鳴を上げる。
あまりの辛さに涙さえ浮かんできた俺を見た日生先輩は、しかしあろうことか『そんなに辛かった?』。
この琥珀頭……!!
と叫びかけたのは、さすがに自嘲した。
そんなことがあって、アフターヌーンティを終えた俺が、日生先輩に案内され向かった先は。
「……時計塔?」
なぜこの場所なのだろう。
頭の上にいくつもの疑問符を浮かべる。
「そんな若に質問。……これはなんでしょう?」
そう言ってポケットから取り出したのは、鈍く光る金色の鍵だった。
日生先輩の形のいい親指と人差し指、二本に抓まれているその鍵は、風に揺られて金具がぶつかり合い音を立てた。
「鍵ですね。それも、時計塔の」
呆れた、と俺はこめかみを押さえて答えた。
ああもうこの人には適わない。
どこからそんな鍵を、だとか
黙ってこんなことしてはだめでしょう、だとか
そんな言葉は彼には通用しない。
「うんうんそういうこと。それではいざ、時計塔へ!」
▼ 第四章、嘘吐きな盗賊とお姫様序盤より。02に続きます。
ゲームでは紗夜とデートすることになっていますが、こちらではゆずと出掛けます。しかしあくまでもnotBL! 2011/10/29
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