死神と少女→蒼と黒と、 | ナノ
籠の鳥
あるところに、籠の中に飼われていた鳥がいた。
その鳥はいつも、外に出たい。外に出たいと呟いていた――












太宰ともゑ。

彼女は、悲しい哀しい宿命を辿る人間だったのだろうかと。

俺は、この事件が全て終わりを告げた今、思う。


それは傍から見れば、確かに悲哀に満ちた数年だった。
勘違いと思い込みから始まった哀歌(エレジー)は、七葵先輩の言葉で終止符が打たれた。
――いや、実際には、ともゑさんの想い人であった、津島修治さんの言葉だったか。


学校の帰り。
臥待堂書店の座敷に腰を下ろしていた俺は、隣にいる蒼を見やった。
相変わらず、蒼は黙々と本を読んでいる。
今日読んでいるのは、画集サイズの分厚いぼろぼろの日本の古文書だった。
長い年月を経て黄ばんだ紙は、ところどころ破れていたり、水に濡れたあとがあったり、端が擦れて麻の繊維が縮れている。
カバーも例外ではなかった。
紙の束を纏め綴じている糸でさえ、千切れかけている。
扱い方によって、その書物を傷つけることは容易かった。
俺だったならば、きっと……、そう、こんなふうに。
蒼のように、丁寧に扱うことはできないだろう。

何を考えているのか分からない、しかし鋭い光を帯びた蒼い目。
決して日本人ではないと、強く主張し、周囲を拒絶するかのような眩い金髪。

それ以外も。

冷静沈着で、表情を1ミリたりとも動かすことのない蒼が、本を、こんなにも大事に手に取り読んでいるのは、正直言って意外だった。
表情と行動が、ズレているとでも言えばいいのだろうか。
蒼は、紗夜のように『本が大事で好きでたまらない』という顔をすることはないのに、本を大切に扱っている。


背後の小窓から、僅かに橙を帯びた光が差し込んでいることに気づいた。
もうこんな時間か、と息をつく。
今日は紗夜は来ない。
事件が解決したばかりだし、久しぶりに兄妹水入らずで過ごしたらどうかと、提案したのだ。
紗夜は少し渋ったが、俺が無理やり帰らせた。
だって、そうでもしないと紗夜は蒼とずっといることになるし。
いや、それはそれで、俺はいいのだが、十夜が問題なのだ。
あの兄はとても警戒心が強くて、独占欲が強いから。


――それはともかく、

「蒼は、さ」

あの事件を、思い返す。

「俺と同じで、何もかも見えている蒼は、」

籠の鳥。
籠の外に出ることを望んだ鳥。
終わらない物語。

「どう思った? ともゑさんを中心にして起こった、この事件について」

太宰ともゑ。
愛する人を信じられなくなった人間。
終わってしまった物語。

「…………」

蒼は、そこでようやくその端正な顔を上げ、こちらに目を向けた。
俺と蒼の、視線が交わる。

「――そうだな、強いて言うならばこの物語は、ともゑが最初から、津島修治を信じていなかったということに起因するのだろう」

そして蒼は、視線を逸らし、どこか虚空の一点を見つめていた。
何かを思い出すかのように、目を細める。

「信じていたならば、あのとき、『津島修治が自分を裏切り、婚約者のもとへ行った』などと考えることはなかった。自分が誰よりも愛されているという自信がなかったのか、それとも、不安で心を侵されていたのか。どちらにせよ、人というものはいつでも望むものと反対の思いを抱えているのだな」

そうなのだ。
人は、弱い。

この世界でなによりも、

「“必ず来てくれる。いや、もしかしたら来ないかもしれない。”
面倒な生き物だ。だが、それゆえに面白い」

すぐに言葉に左右される。
それが真実であれ虚構であれ、変わることはない。

どう捉えるかは、その人次第。

「蒼は、」

彼が本当にただの記憶喪失なのか、
それとも本当に死神であるのかはわからない。

「干渉しないのか」

ふと、蒼の傍らの机の上に、蒼い本が置いてあることに気がついた。

「しない」

即答され、「蒼らしい」と俺は苦笑する。
『らしい』とはなんだとでも言いたげに眉根を寄せた蒼を見て、俺はまた笑った。





籠の鳥。

きみはどうだったのだろう。

彼女がそうだったように、きみも初めから信じていなかったのだろうか。

だからそうも表情を変えずに、「外に出たい」と呟いていられたのだろうか。

それとも実はそうではなくて、

初めから、諦めていただけだったのだろうか。




 



▼ 第一章、籠の鳥より。後日談。
  文才がないのは仕様です;;  2011/10/15
  material:phantom
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