死神と少女→蒼と黒と、 | ナノ
嘘吐きな盗賊とお姫様 05
『赦さない』





時は刻々と過ぎた。
紗夜や蒼と共に、偽者が偽者であるための証拠を探す。
俺が悶々をしている間にも、それは徐々に明らかになっていった。
そうしてついに、その日はやってきた。

『日生先輩』の嘘を暴くそのときが。





『たったひとつになれば、嘘も真実となるのかもしれない』

あの人は、なんのために嘘をついたのだろう。
誰のために嘘をついたのだろう。
蒼の言う、『たったひとつ』になりたかったわけではないだろう。
なりたかったのなら、『本物』に見つかる前に逃げることもできたし、『偽者』という嫌疑をかけられることなくそれこそ完璧に『本物』を演じきることもできた。
そもそも、俺たちの前に『本物』として姿を現すことはなかったはずだ。
だけど彼は、『本物』になることをやめた。
なぜか。
なぜやめてしまったのか。
なぜ彼は嘘をつき続けたのか。

それは。
それは多分。

紗夜のためだ。
そして、自分のため。

彼は、『日生先輩』は。
遠野紗夜を愛していた。
愛していた。
本気で。心の底から。

それしかありえない。
入学式のときに『たまたま』紗夜の姿を見つけて声をかけたと言っていたけれど、今から思えばそれは『たまたま』なんかじゃなかった。
その証に、あの人は紗夜に告白をしたじゃないか。
詐欺師が、嘘で告白などするはずがない。
なんのメリットもないのに、そんなことをするはずがない。
惹かれていたのだ。紗夜に。
一目見たそのときから。

――だから、『自分』を見てほしかった。

その答えに達した俺の心は、酷く重かった。
どす黒い、煤けた鉛が心に溜まる。
どうしてだろう。嬉しいのに。
紗夜のことをそれほどまでに思ってくれていたのは、嬉しいのに。
なぜか素直に喜べない。





日生家の一室に通され、やがて日生先輩とそのお祖母さんが入ってくる。

「いらっしゃい、みなさん」

そう言う日生先輩が、あまりにもいつも通りで。
俺は歪んだ表情を見られたくなくて、無意識に顔を逸らす。
これから何が起こって、どうなるのか。
あんたは全て知っているんだろう?
どうしてそんなに、冷静でいられるんだ。
――もう、覚悟なんてものはとっくの昔に決めてしまっているのだろう。
本当に、ずるい人だ。





蒼に聞かれた。
『おまえはどうしたい』
『何がしたい』と。

以前は答えられなかったその言葉。
今なら、ちゃんとした答えが言える。

俺の『好き』がどういう種類なのかわからない。
紗夜を『好きだ』と言った彼に、紗夜のために嘘をついているのだと気づいてしまった俺が抱いた、その気持ちの名前もわからない。
だから、わからないものを全部忘れる。
ややこしいことを全て消し去る。
そうして残るのは、きっととてもシンプルな思いだ。

俺は、
俺は。

あの人に、『日生先輩』に、このままいなくなってほしくない。
ここにいてほしい。

叶わぬ願いだとしても、それが俺の答えだ。
それが、俺の望むことだ。

今の彼には何を言っても無駄なのかもしれない。
だって、気づくのが遅すぎた。俺が、自分にずっと嘘をつき続けてきたから。自分を誤魔化し続けてきたから。
全て、手遅れなのかもしれない。
それでも、俺は足掻く。
もし神様なんて人がいて、運命を利用してあの人を奪おうとしているなら。
俺は、どんなに醜くても足掻くだろう。足掻いてみせる。

彼だけは。
あの人だけは、渡してたまるか。
( もう紗夜には、誰も失わせやしない )





「日生先輩ッ!!」

全部、暴いた。
嘘は、なくなった。

日生先輩のお祖母さんが崩れ落ちる。
俺はとっさに先輩を、彼を見た。
てっきり無表情だと思った。
彼は、皆が床に膝をつきくず折れたお祖母さんに視線が向くだろうと油断していたのだろう。
そう。
彼は、無表情なんかじゃなかった。
すっかり割り切っているわけじゃなかった。
それはほんの、ほんの刹那のことだったけれど、彼が逃げる直前。俺にははっきりと見えた。
その、悲しそうな、苦しそうな表情が、ちゃんと。
嘘吐きな盗賊の、本当の姿が。

信じたかった。
俺だって、信じたかったさ。
真実がだんだんと暴かれていくにくれて、俺の中でその思いは増した。
それは、紗夜も同じだったと思う。
それなのに。日生先輩にいなくなってほしくないと思う気持ちは同じなのに、率先してこの調査を行っていた紗夜。責めることなどできやしない。だってそれは、全て、日生先輩本人が望んだことだったから。

嘘なんかつかなくていい。
ついてほしくない。
でも、つかなくては生きていけないのなら、ついてほしい。
そんな矛盾する思いを抱えて、俺は七葵先輩の命を受けた千代とほぼ同時に、日生先輩を追い屋敷を飛び出していた。

駆ける。
夜の闇を、誰よりも速く。
蒼い、蒼い終わりの色をした世界を、駆ける。
終わってほしくない。
どうか、どうか終わらないでくれと心の中で叫びながら走る。
息が詰まる。
横腹が痛い。
こんなに走ったのは、初めてだった。
それでも俺は止まらない。
千代はあとを追ってくる紗夜たちを待つため、途中で止まったが、俺は止まらない。
千代が行こうとしていた方向から、もうあの人がどこへ行ったのかわかっていたから。

――港。
港だ。

あの人は、逃げるつもりなのだ。
どこか、遠いどこか、別の場所へ。
俺を置いて。
俺たちを置いて。

嫌だ嫌だと走る。
あの人が、いなくなってしまう。
消え去ってしまう。
まるではじめからいなかったかのように、存在を消してしまう。
誰も、俺達以外の誰も気づかずに。
あの人は、姿を消してしまう。
嫌だ。そんなのは、そんなのは嫌なんだ。

「――せんッぱい、!」

秋の夜の冷たい風を切り、辿り着いた港は、まるで物語の終わりを察したかのように凪いでいた。
静かな港。
夜だから当たり前なのかもしれない。
でも、その空気は終幕に相応しすぎて泣きそうになる。
彼は、海を背にして立っていた。

蒼く、黒い海。
夜を映した海。
そこに浮かぶ琥珀色。

「俺は、ッ」

苦しい。
苦しい苦しい。

その胸倉を掴むと、彼は僅かに目を見開いた。

先輩がいないと、苦しい。

「あんたを赦さない! 絶対に、赦さない!」

叫ぶ。叫ぶ叫ぶ。
視界が滲む。
構うものか。俺は、――。
ぎり、と奥歯を噛み締める。

「赦さない……か。あはっ。なんだか愛の告白みたいだね」

不思議とどこが、とは思わない自分がいた。
日生先輩は、それで?と問う。
いつもと変わらないその仕草。その態度。
苦しさで歪みそうになる表情を堪えて、俺は彼をまっすぐに見据えた。

「俺は、あんたを連れて帰る」

冷えた一陣の風が吹く。
琥珀の髪を揺らす。
彼の顔は、何の感情も映さない。

「これは罰だ。あんたが、俺たちに嘘をつき続けた罰だ」

海の方からエンジン音が近づいてくる。
横目に見ると、それはボートだった。
ああ、この人は本当に逃げる気なのだ。
ああ、この人は本当に逃げてしまうのだ。

「……それはそれは。大した罰だね」
……でもこのままじゃあ、僕は逃げてしまうよ?

口角を上げ、怪しく挑発するように微笑む。

「逃がすもんか」

「どうして? 僕の正体、知ってるでしょう?」

どうして。
どうして、だと?
わざわざ言わなければならないのか。
本当にこの人は、何もわかっていないのか。
いいや。
わかっている。
わかっている上で、こう問うのだ。
ずるい。本当に、ずるい。

「知ってる、知ってますよ、そんなの!」

思わず声を荒げる。

正体なんて、
真実なんて関係ないのだ。

「俺が、俺たちが今まで共にいたのはあんただ。
本物なんかじゃない、偽者の日生光だ。
俺は、他の誰でもないあんたにいてほしいと言ってるんだよ……!!」

彼は、優しく俺の手を放す。
掴むものを失った腕は、力なくだらりと落ちる。
そうして、静かにボートに乗った。

どうして、なんてそれはこっちの台詞だった。
俺がどれほど、あんたのことで苦しんで悲しんで、悩んだか、
知らないでしょう?
わからないでしょう?
貴方は紗夜が好きで、彼女のために去るのかもしれない。
でも、そんなの俺が理解できるわけないじゃないか……!

どうか、どうか。
お願いだから、お願いだから行かないでくれ。
行かないで、

とっさに掴んだ彼の腕。
ボートは、エンジン音を大きくする。
それはもう、俺に残された時間があと僅かだということを示していた。

「そんな顔でお願いされたら、なおさら戻れないな」

日生先輩は、笑う。
笑う。
今度は悲しそうに笑う。
切なそうに笑う。
苦しそうに笑う。

「あんただって……。その顔で言われても、はいそうですとか言えるわけねえだろ……!!」

この人の、こんな表情を見たのは二度目で。
胸をひどく締め付けられて。
違うんだ。
彼は、本当は。
彼の本当の気持ちは。

「――ねえ、若。今僕は、どんな顔してる……?」

瞳から一筋だけ、涙が零れ頬を伝う。

「苦しそうな、……とても苦しそうな顔を、してます」

瞬きをすると、幾筋もの筋目の涙が溢れて。
二度ともう、元には戻らなかった。


▼ キリがいいところで切りました!
  とりあえず、ゲーム沿いENDはこちら。
  2012/08/07(2012/10/21up)
  material:phantom
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