死神と少女→蒼と黒と、 | ナノ
嘘吐きな盗賊とお姫様 02
『ただの王子様じゃないよ?』





手を取られて階段を上る。
視線を上げれば広がる琥珀。

綺麗な色。
思わず手を伸ばしたくなる。
触れてみたくなる。
でもきっと、触れられない。
触れる前に、かわされてしまうから。

肌から伝わる、冷えた空気。
静寂が下りた中、響く音は靴音のみ。
頭上遥か彼方まで続く螺旋階段と石造りの壁は、終わりが見えず、本当にどこまでも続いているような気さえした。

おそらくここは、時計が止まった時からこのままなのだろう。
誰ひとりとして立ち入ることなどない、聖域になっていたのだろう。

――突然、日生先輩が止まった。

「息、少し上がってるみたいだけど、大丈夫?」

どうやら気を遣ってくれていたみたいだ。
か弱い女の子でもないし、気なんて遣わなくていいのに。
そんな気遣いは、紗夜にしてくれると嬉しい。
俺は蒼だけじゃなくて、日生先輩のことも、一応、応援してるんですから。

「……、気に、しないで、ください、」

思ったより、いつも通りに言葉が出てこなかった。
意識していなかったけれど、体はずいぶん疲れていたことに気づいた。
いつの間にか肩で息をしているし、呼吸だって荒い。足もだるかった。
それと比べ、日生先輩は息一つ切れていない。
生物学上は同じ性別の生き物なのに、どうしてこうも違うのか。
体力的な差。
それは個人差だとわかっていても、やっぱり悔しい。

「……狡いですね、あなたは」

「そう? 僕は、余裕のない若の顔を見るのが好きなだけですよ?」

「……前言撤回します。狡いんじゃなくて悪趣味です」

「あはっ。それは僕にとって褒め言葉だなあ」

口では勝てるはずもないことは、百も承知だった。
無駄な努力はやめようと、ため息をはくと、日生先輩は「あれ? もう止めるの?」と残念そうだった。

「先輩と話すと疲れるんですよ……」

俺に癒しをください……。

「へえ。それはそれはご愁傷様で」

一欠片とも気の毒そうではない、わざとらしい顔と声で言われ、ピキリ、と何かにひびが入った音がした。
しかしそこで何も言わないのが大人の対応というものだ。
俺はぐっと我慢して怒りに耐えた。ナイス判断だ俺!

冒頭部分のシリアスな空気をぶち壊してくれた先輩は、俺の怒りのボルテージ決壊が近づいたのを本能で察したのか、それ以上なにも言うことはなかった。





――そうして辿り着いたのは制御室。

四角い部屋。
膝に手をついて、ぜえはあと息をしていると、壁の向こうから僅かに光が漏れ出ているのが見えた。なんだろうと首を傾げる。

「あの奥はね、歯車があるんだ」

すると日生先輩は、頼んでもいないのにそう答えてくれた。

「……へえ」

俺の返答を聞いて、日生先輩が「……なんだか、どうでもよさげに思ってそうな返事だなあ」と呟いたのを華麗に無視をして脇に目を向ける。
歯車が、幾重にも重なっていた。
しかしその歯車たちは、もう何十年も動いていない。動くことなく、時を止めたまま。過去に静止したまま、ここに、在った。

――どうして、この時計は止まってしまったのだろう。

どうして動かないのだろう。

悲しくは、ないのだろうか。
時を過ぎることを許さないことが。
いまだ過去から進めずにいることが。
周囲が、自分一人だけを置いて、変わっていってしまうことが。
辛く、ないのだろうか。

そこまで思って、俺は自嘲気味に口の端を歪めた。

――そもそも、時計に命などないのだから。

考えるだけ、無駄だった。





このときの表情を、日生先輩が見ていたことを、俺は知らない。





最上階は、とても眺めがよかった。
今まで階段を上ってきた疲れなど、一瞬でふっとんでしまうほどの絶景がそこから見えた。
自分が住んでいる街。
木造家屋も洋式家屋も立ち並んでいることによる、色とりどりの屋根がまるで絵画のようだった。
遠くにある港も、海も、山も、コスモスが咲き乱れるあの丘も――なにもかもが見渡せた。

「すごいですね、この景色!! 先輩ももっと近寄って見てくださいよ!」

片手で風にさらわれる髪を押さえ、もう一つの手はふちにかける。

「あはっ。そんなにはしゃいでもらえると、連れてきた側としてはとっても光栄です」

生まれてこのかた、こんなにもすばらしい景色を見たことがなく、思わず身を乗り出していた俺は、その日生先輩の言葉で顔に血が一斉に昇っていく感覚を味わう。

「……っ、はしゃいでなんか、いません!!」

せめてもの反抗と、声を張り上げたけど、

「真っ赤な顔で言われても説得力ないよ?」

と満足げな笑顔で返され、う、と言葉に詰まる。
視線を彷徨わせまくったあげく、しかし反撃の一手は見つかることがなく、結局そっぽを向いた。

「まあでも、今日くらいはハメを外してはしゃいでもいいんじゃないかな」

そしてぽんぽんと頭を撫でる手。
年功序列のせいなのか、日生先輩より身長が低いのが悔しい。
……というか、

「先輩は俺にはしゃいでほしいんですか、それともからかわれてはしゃげないでいてほしいんですかどっちですか」

「さあ? どっちでしょう」

日生先輩はにこりと笑う。
風が吹き過ぎた。
秋の冷たい風だった。
日生先輩の向こう側の景色。
よくよく見ると、時計塔のある広場に植えられている木から木の葉が舞っているのが見えた。
色づいた木々が、さわさわと揺れる。

「……もうわかってますけど、先輩って性格悪いですよね」

「あはっ。若がそう思うならそうなんだろうね」

その笑みも仕草も、まるでいつも通りで、これから起こる事件のことなど、予兆の気配さえ見せなかった。





▼ 第四章、嘘吐きな盗賊とお姫様序盤より。01の続きです。
  2011/10/29
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