死神と少女→蒼と黒と、 | ナノ
嘘吐きな盗賊とお姫様 04
『それはある世界の、ある場所でのお話』





――時計塔の前で、日生先輩と別れた。
俺は秋の夕日の下、茜色に染まった時計塔を見上げていた。
時を刻むことのないその時計。それは、時を『刻めない』のか『刻まない』のか俺には判断がつかなかった。だから今日も眺めるだけ。首の痛さは、不思議と気にならなかった。

時計塔に斜めにかかる影は、まるで闇そのもの。
アンティークな塔が相まって、どこか異世界の入り口のように感じた。一歩足を踏み入れれば、そこはもう、『ここ』ではない。
現実から逃げることができる。
何もかもを忘れて、過ごすことができる。

――足を踏み出せたなら、どれだけ幸せだっただろう。

時計塔から無理やり目を引き剥がして、息を吐く。
そして歩き出す先は、商店街。





カラン

ベルを鳴らして店内に入る。
いつもの古書のにおい。
心が僅かに安らいだ。

ここは何も変わることはない。
そんな場所は、居心地が良かった。
変わらないものがない世界で、変わることのないもの。
不変。
それは停滞であり停止であるのかもしれない。

変わることが怖いから、俺は落ち着くのだろうか。

相変わらず座敷に座って本を読む金髪碧眼の美青年こと蒼は、健在だった。
その隣に紗夜はいない。
来た時間が遅かったからか。

「…………」

蒼は本から顔を上げない。
それも、相変わらずだった。
そんな蒼でさえ、変わっていくのだろう。
変わらない人などいないというのに、
変わらない物などないというのに、
俺は望み続けている。
決して俺を裏切らず、傍らに居続ける不変の存在を。

夕日が窓から差し込み、その茜が蒼の金色を煌めかせる。
俺と同じ金髪だとは思えないその美しさは、紗夜と同種だった。
手が届くことのない次元。興味の対象。
それ以上にも、それ以下でもない。
……というのは建前で。
本当は、彼らのようになりたかったのやもしれないと。
心のどこかで思う。

俺は。
こんな自分が嫌いだ。

「……ッ、蒼!」

これ以上、こんな思考を繰り返したくなかった。
これ以上、こんな思考を繰り返すつもりではなかった。

「俺は、今日……蒼に、会いに来たんだ」

やっとこちらを向いた青色に、口を開いて紡いだ言葉は、酷く、震えていた。






「俺は、どうしたらいいと思う?」

「お前はどうしたい、ゆず」

「……わからなんだ」

日生先輩に関しての悩みを全て吐き出したあと。
俺はそんな問いを一体何度投げかけられ、いくつ答えを返したことだろう。もう覚えていない。
その何十回目かのときだった。

「…………」

蒼が珍しく、苛立ったように眉根を寄せた。

「お前は何がしたい」

そうして俺は自嘲気味に笑う。

「さあ……?」

蒼は眉間の皺はそのままに、ため息をついた。
何も言葉を交わさなくなると、途端に店内が静かになった。
風でも通ったのだろう。店の入口である引き戸が、かたかたと音を立てて揺れた。
茜色は、徐々に陰りを見せ始め、夜の訪れを覗かせる。
空間いっぱいに充満した埃と本のにおいは、俺と蒼を繋いでいた。

「……質問を変えよう」

どうせなら、このままの沈黙でいられたらよかったのに。
そんな感情がないわけではなかった。
だけれど、それに矛盾して反対の思いももちろんあったから、「うん」と促した。

「――ゆずは、日生が好きか」

大きく目を見開く。

それは、ストレートな言葉だった。
何も飾らない言葉。
蒼い薔薇よりも、『奇跡』なんて花言葉よりも、何千倍も美しい、言葉だった。
最も蒼らしい、シンプルな問い。

なぜ今それを問うのだとか、
その質問が俺が打ち明けた悩みに何の関係があるのだとか、
そんなことはどうでもよかった。

ただ、応えなければ。
答えなければならないと、
そう本能が訴える。
狂おしいほどに訴える。
言え。
言ってくれ、今すぐに。と訴える。
荒れ狂う感情に揺さぶられ、心臓の鼓動が煩い。
今にも感情が溢れてしまいそうだった。

「――……好きだよ」

好きだ。

そう答えた瞬間。
その言葉が、違和感がないことがおかしいほど違和感なく、口をついて出てきた直後。
蒼が、ほんの一瞬だけ、笑った気がした。
いや。それは幽かに口の端を上げただけであったし、正確に言えば『笑み』ではなかったのかもしれない。
それでも俺には、笑ったように見えた。

「……なら、それでいいのではないか?
何の感情が根源にあるのであれ、おまえは日生が好きなのだろう。
であるなら、ゆず、おまえはおまえの言葉を探し、それを日生に伝えればいいだけの話だ」

ああ、どういうことだろう。
なんてすごいのだろう、蒼は。

たった一言だった。
たった一言の問いだけで、俺に進むべき方角を示してくれた。
道ではない。ただ方向だけだ。
そこには何も道標はない。
ただ真っ白な空間。
何も描かれていないその地面に、足跡を残していくのは他の誰でもない、俺。
決然として足を踏み出すのは俺だ。
その刹那だけ躊躇わなければいい。歩き出すときにだけ、躊躇わなければいい。
あとは進んでいくだけだ。
戸惑ったっていい。怖がったっていい。
ただ一つ、進む方向がわからなくなって立ち止まったとき、歩き出すことを諦めてしまわなければ、それでいい。

俺は彼が好きだ。
日生光が好きだ。
本物じゃない。
偽物の、嘘吐きな日生光が好きだ。

それは、揺るぎない俺の本心だった。

恋愛感情なんてもってのほか、
そんな生き方しかできない偽物に同情しているのではない。
境遇や考え方が似ているからというわけでもない。
一緒にいて楽しいというからでもない。

わからない。わからないけれど。
それでもいいのではないか。
果たして人を好きなことにまで、理由は必要だろうか。
理由などなくとも、いいのではないか。
例えば、紗夜と蒼のように。


「……ありがとう、蒼」

「ああ」


そして再び、机の上に閉じて置いてあった本を手に取り開く蒼。
愛想の欠片もないいつも通りのその表情に、自然と笑みが浮かんでくる。

俺はそのまま、臥待さんが帰ってくるまで、蒼の隣にいた。

帰り道。
もう真っ暗の闇になった世界で振り仰いだ夜空いっぱい、
行く先を照らすように満天の星が輝いていたことを、
俺はずっと忘れない。






▼ 第四章、嘘吐きな盗賊とお姫様より。
  いやー! すっきりさっぱり終わりましたね!
  結局書き直しましたよ〜! 書き直してよかったと思ってます!←
  2011/10/21(2012/08/10up)
  material:phantom
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