死神と少女→蒼と黒と、 | ナノ
嘘吐きな盗賊とお姫様 03
『嘘を吐いて』





心の中に棘が刺さる。
刺さって抜けない。

『本物』の日生先輩が現れた日から、俺の心にその棘は刺さったままだった。

誰ひとりとしていない、夕暮れの教室。
自分の席に座って頬杖をつき、ぼうっとしていた。
特にどこを見るでもなく、特に何を考えるでもなく。
しかし胸に溜まっていく靄のようなもののことに、思いを馳せる。

『日生光は嘘吐きだ』

――どうしてそんなことを言うのだろう

『あいつを信じるな』

――あんたは、日生光じゃないのか

確かに俺の知っている日生先輩とは違って、『自称本物』はどこか粗暴で失礼なところがあった。
だけどそれ以外、何もわからない。
出会ってから一年以上が経つ。
紗夜よりも、会う機会も接する機会も多かった。
そんな俺でさえ、それ以外はわからない。

紗夜は、この『自称本物』の日生先輩は『ドッペルゲンガー』もしくは『他人の空似』だと推測し、七葵先輩もその方向で『日生先輩』を監視しているようだけれど――。

第三の可能性も、少なからずあることに気づいた俺は、そんな自分に嫌気がさした。

誰よりも。
さすがに、日生先輩の家の使用人やお祖母さまには負けるけれど、この大きな『物語』の中心人物である紗夜、蒼、七葵先輩、千代、夏目、夏帆、臥待さん、十夜、そして俺。この九人の中では、誰よりも日生先輩のことを知っているはずの俺が、信じているはずの俺が。
紗夜よりも早く、その可能性に気づいて、受け入れようとしていることが。
俺自身でさえ、信じられなかった。

どうして。
俺は、信じることができない。
“彼女”のようにはなりたくないんだ。
信じたい。
何の理由もなく信じることが、美しいからじゃない。
ずっと、このままで、
この変わらぬ日常のまま、過ごしていたいから、信じたい。

――ああやっぱり、自分の為か。

自分の為に、信じるのか。

信じていないのに、信じているとまやかしを吐いて誤魔化すのか。
自分すらも騙すのか。


      最低だ。



机の上に突っ伏す。


――もう何も、考えたくない。





『はい、きみ生徒会役員ね』

『は?』

『拒否権ないから』

『なんですかそのイイ笑顔は』

『あはっ。よく言われるよ』

『別に褒めてません。……で、あんた誰ですか』

『……僕、入学式で祝辞読んだんだけど』

『忘れました』

『ええ……』





目の前に舞う桜色と、視界を遮った琥珀。

在りし日のことを思い出していた脳を閉じる。

瞼を開ける。


「…………」


目の前に、日生先輩がいた。


「こんにちは。何か用ですか」


いつものように返す、いつもの俺。
どこか心は冷めていた。
応えている俺は、ここにいるのに、『俺』はここにいない。
応えている俺を見ている、もう一人の『俺』がいる。

「相変わらず若は冷たいなあ。ね、若は、……ゆずは、僕を信じる?」

なんてタイミングなのだろう。
この人はいつも狙ったように現れ、狙ったような言葉を口にする。

目を見開く俺を見て、にっこりと微笑む。
その笑顔さえも、いつも通り。なんの違和感すらない。
もし、あなたがあの『本物』なのだとしたら。
俺の仮説が正しくて、あなたがただ、『本物』を演じているだけなのだとしたら。
俺は、あなたを、

「――さあ、どうでしょう」

俺の答えを聴いて。
日生先輩は、ふ、と口元を緩めた。
それは普段見せる、余裕綽々を体現したような笑みではなく。
満足げで、しかし切なそうな。
そんな、笑みだった。
初めて見る、日生先輩の、そんな顔。

「……僕はね、薔薇が好きだよ」
その中でも、青い青い、薔薇が好きだ。

唐突に、何を言い出すのかこの人は。
多少驚きはしたが、日生先輩の話は以前から飛躍しやすかった。
生徒会に所属していたときから、それは変わらない。
まるで相手を試すかのように、突然今までしていた会話とは全く関係のない、それも妙に意味深な話題を提示してくる。

「『不可能』『有り得ない』。そんな花言葉は、やがて『奇跡』に変わる」
とても、美しい。そう思わない?

それはどういう意味で『美しい』のだろう。
ただ単に『青い薔薇』が? それとも、『花言葉が明るい解釈に変わる』から?
どちらでもいい。そんなこと。
つまらない、意味のない思考を絶ち切る。
こんなことに、なんの意味がある。考えたって、何も出やしない。
……少なくとも、今の俺には。

「「“――だけど同時に滑稽だ”」」

どうでもいいなんて思いながら、結局は頭の中で日生先輩の言葉を追いかけている自分がいる。気づいて、自嘲した。

「「“だがそれがなんだ。それがどうした。手折ってしまえ。何もかも、もぎ取ってしまえ。そうすればこんなどうしようもない感情も、全て打ち捨てられるのだから”」」

日生光が、『日生光』以外であるはずがない。
何の手がかりもない中、俺は何を頼ればいいのだろう。何に縋ればいいのだろう。
もう、思考が飛び過ぎてよくわからない。
頭の中がぐちゃぐちゃになる。
日生先輩。
あんたのせいですよ、何もかも。

「ゆずは、そんな青い薔薇に似ているね」
「僕は、青い薔薇が好きだよ」

それこそ戯言だ。
何も吐かないでください。
嘘です。
全部、嘘なんでしょう?
嘘じゃないなら、どうしてですか。

どうして、嘘を吐くんですか。

吐かなくてもいい嘘を、吐く理由はなんですか。

「――嘘吐き。そもそも、紗夜に告白したんでしょう?他人を軽々しく口説かないでください。俺は男です」

「……お嬢にはばっさりフラれたけどね。それから、からかうつもりで口説いてるから安心して」

「……はあ……」

日生先輩は、にっこりと微笑む。
変わらない笑顔。変わらないやり取り。
むしろそれに違和を感じて、酷い嫌悪に襲われる。
同時に、不安で不安で仕方なかった。
目の前のこの人は、誰なのだろう。
誰なのだろう。

俺の知っている『日生先輩』なのだろうか、
それとも『本物の日生光』なのだろうか、
もしくは『それ以外の誰か』なのだろうか。

教えてください。
あなたは日生先輩ですか。

やがて、日生先輩の表情が変わった。

「……どうしてゆずが、急にそんな顔するの」

出来の悪い弟の失態を見たときの、仕方ないなあとでも言いたげな優しい表情。

「どんな、顔ですか」

「苦しそうな顔」

言われて、俺は渋面をつくった。
そんなつもりではなかった。
気遣われるつもりではなかった。
気づかれるつもりもなかった。

「そうですか。気のせいです」

「そんなはずないでしょう? 僕はこの目でちゃんと見ましたよー」

と、言いつつも、日生先輩はこれ以上俺の表情の変化について触れることはないようだった。
話が一段落ついたところで、ようやく教室全体にピントを合わす。
もう完全に茜色に染まっていた。

耳を澄ますと、部活の喧騒と烏の鳴き声。

床をはじめ、あらゆるところに映った影は、人の心の闇を映しているかのようだった。
それは時間が経つにつれて、徐々に濃く深くなっていく。
俺は眺めているのをやめた。

「秋、ですね」

開いた窓から入ってくる風は涼しかった。
一年が終わるのも、すぐなのだろう。
目前に迫る、一つの区切り。
そのころに、この『日生先輩』はいるのだろうか。
ここに。俺たちの目の届くところに。

邪魔な思考を繰り返す。
何度でも。
幾度だって。

本当の気持ちを隠すために。

例え、彼が何を言おうと。





▼ ……自分でも、なんだかよくわからないものができたなあと思ってます;;
  地の文でも語っているように、思考回路が飛び過ぎてめちゃくちゃです。
  青い薔薇以降の意味不明なフレーズは、死神と少女の世界に存在する本のワンフレーズだと思ってくだされば幸いです……。
  とても読みづらかったと思いますが、それにも関わらず、ここまで読んでくださりありがとうございました!  2011/10/19(2011/11/05up)
  material:phantom
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