東レイ-うば玉にたまずさ | ナノ
07-1 Soft FeeLing

――朝。

ドンドンドン、と寮の部屋の扉を叩く音で意識が浮上した。
続いて、己の名を呼ぶ級友の声が耳に飛び込む。

しかし低血圧体質のゆずがその程度で目覚めるわけもなく、「んん、」と眉根を寄せて呻いてから、再び寝始めるだけであった。


級友――冬児もそれは予想済みであったらしく、扉の向こうで「入るぞー」と声をかけ、部屋の主の了承も待たずにガチャリとドアノブを回し、ずかずかと部屋に入ってきた。

冬児はゆずの複雑な立場もなんとなくであるが察してはいるし、ここ数日随分疲れているのも知っていた。なのでこのまま寝かせていてもいいのだが。まあしかし、それでは春虎や夏目が怒りかねない。

そして冬児はベッド脇まで来ると、縦に長い円柱型の抱き枕を抱いたまま、気持ち良さそうな顔で眠りこけるゆずを一瞥する。その平和ボケした表情を見ているだけで、悩みなんてどうでもよくなってしまいそうだ。
冬児は苦笑気味に息を吐いたあと、ゆずの肩を揺すった。

「おーい、起きろー」

それでも起きそうにないので、軽く頬に往復ビンタをかますと、ようやくゆずが薄く目を開けた。

「……あと24時間待って…」
「いやそれ一日終わってるだろ」

冬児が笑いながらぽんぽんとゆずの頭を叩くと、「んー」とゆずは唸る。

「お前も春虎と夏目から昨日聞いたろ。謎の塾生の話。今日はその話に出てきた『夜光塾』について、塾舎の書庫に調べに行くんだと」

さすがに陰陽関連となると、話が変わってくるらしく、ゆずがもぞ、と身じろぎをする。
しかし渋々ながら口を開けて言った言葉は。

「……あと五分……」





「――ここは『このバカ虎!なんで何も聞かなかったのさ!』と怒りたいところなんだけど、今回ばかりはぼくも同罪なんだし、仕方ないんだよね」
「怒るのはご免だからまあいいんだけどな。……でもなんつーか、細けえことは書庫に着いてから考えたほうがいいと思うぞ、夏目? 頭が爆発する」
「……それは春虎だけだと思うよ」

ゆずとその隣に並ぶ冬児の前を行く、春虎と夏目は昨日の夜、陰陽塾の屋上の祭壇前で出会った相馬多軌子について真面目に談義を繰り広げていたが、春虎の頭が爆発する発言で、一気に空気が弛緩する。
昨日の今日ということもあるし、まだ油断ならない部分の多い呪術界に身を置く者として、特にずっと気を張っていることが察せられる夏目の表情も、少しだけ和らいだ。

「そんなことよりもメシだよメシ。昼、どうする?」
「『そんなこと』ってなんだよ! ていうか今からお昼の心配してるのか? まだ朝だぞ?!」
「そんなに目くじら立てるなよ! 大切なことだぞ! な、冬児!」
「おー、まあおれは昼飯で釣られたわけだし。それに、今回の騒動で塾舎……書庫なんかは荒れ放題で、長丁場になると見た。腹が減ってはなんとやらって言うしな」

春虎の馬鹿さ丸出しの言葉に、ぷりぷり怒っていた夏目も、春虎に促された不敵な笑みを浮かべる冬児の返答を聞くと、不満足げな顔ではあったが、反論の二の句は告げない。
ゆずはそんな三人を見て、ああいいなあ、と口の端を緩めた。
こんなふうにたわいないことを話せる日常が愛しいと、無性に感じる。
これがつかの間の平和であることはわかっていても、無意識にこの穏やかな日々がずっと続くようにと願っていた。

そのときは、まだ軽い気持ちで感じたにすぎない思いだった。
けれどこの数週間後、ゆずはこれがただの夢想であったことを知る。

「むっ……じゃあゆずは?! ゆずはどうなんだ!」
「え、俺? うーん…俺は近場ならどこでも何でもいいかなあ」
「うんうんそうだね……って、お昼のメニューの話じゃなくて!」

怒ってる夏目も可愛いなあなんて思っていると、ますます口元が緩んでしまうのを感じる。
そうやってにやにや笑っていると夏目にぷいと顔を逸らされる。「もうゆずなんか知らない」

「えっ、」
「あちゃー」
「これは……」

ゆずが助けを求めるように春虎と冬児に視線を向けると、黙って肩を竦められた。
それから昼食の時間まで、ゆずは夏目のご機嫌取りに奔走することになるのだが、そんな普段の調子に戻った彼のことを、彼らの保護者役冬児が心なしか安堵した表情で見ていたのは、ゆずの知り得ないところである。


▼ 冬児は夏目とはまた別の意味でずっと気を張っていたゆずに気づき、その心配をしていたのですが、夏目たちとのやり取りにいつものように応える彼に、ひとまず安心したというわけです。ちなみにゆずは、自分が思っていた以上に気を張っていたことに気づいていません。わかりづらくて申し訳ないです……;;
  2013/10/27(2013/10/29up)
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