東レイ-うば玉にたまずさ | ナノ
07-2 Type-Sword

目黒支局。

ゆずが藤原を探すため、中庭に面する廊下を歩いていたとき、ふと外の回廊に急速に接近する霊気に気づいた。

生まれつき見鬼の中でもその扱いに卓越した者だけが『感じ取れ』る、鬱屈した禍々しい強大な霊気。ゆずはすぐにその方向へ足を向けたが、すでに事態は手遅れだった。





鏡伶路の式神、シェイバが暴走した。

彼は――今となっては双角会のメンバーであったのか否かは定かではないが――『あの』江藤の所持していた呪具を切り付け、結果的に零災を発生させた。
シェイバの霊気の『色』を視るに、彼は単に好奇心を抱いたから、面白そうだったから斬っただけなのだろう。

純粋な心を持っていても、度が過ぎれば弊害となる。その一例だった。

正直、ゆずはシェイバを春虎たちに任せることは不安だった。
しかしこの霊障を浴びて、ますます暴走に拍車がかかった式神を止めるためには、主を探し訴えるのが最速の方法だと判断して、ゆずは一旦自らに隠行をかけてその場から離れた。

十中八九、隠行して姿を隠しているだろう鏡にも、現在の春虎たちにとってあの式神を相手にすることが荷が重いというのはわかるはずなのだが、どこに目を光らせても自ら出てきそうな気配はなかった。

そうこうしているうちにも、フェーズ3、4レベルの霊災が次々と発生していく。
中庭にいた生徒は少なかったが、ただでさえ今日は双角会掃討作戦が行われている日であり、陰陽庁はまともに機能していない。
それは、この目黒支局も例外ではなく、突如発生した予想外の霊災への対応も後手後手になるのは当然だ。

支局への被害はもちろん、人員への被害も多大なものになることは容易に想像できた。
不可抗力とはいえ、これほど深刻な状況を招いた鏡の監督不行き届きの責任は重い。
この混乱が落ち着いて以降の処分が見物だな、とゆずは鼻で笑い、

「オン・キリキリ――」

ごく簡単な呪文を口にした。

鏡に対し、並大抵の呪文は通用しないことは理解しているし、またその正体を完全に暴こうなどとは全く考えていなかった。

自分の呪力を一時的に密度を高く、増幅させる。
そうしてそれを一気に拡散させ、空気を揺らす。たったそれだけだ。
もっとも、元来の呪力が以上に多いゆずにしか成しえない芸当である。
びりびりと空間が震え、前方五メートルの空間が『ラグった』。

その瞬間ゆずは駆け出し、そのラグが消える暇も与えないまま間髪入れずに呪力を打ち込んだ。
空気が波のように打ち、痺れた。そして、相手の隠行に自らを『捻じ込んだ』。

「ハッ、またとんでもねえ無茶しやがる」

ゆずの想察通り、そこには鏡がいた。
複数のピアスとアクセサリー、銀髪の下のタトゥー。奇抜なファッション。変わりない。
ミラーコーティングされたサングラスの奥の瞳は見えなかったが、ただ面白そうに歪められているのだろうということだけは察せられた。

「あいつを止めろ、鏡」

時間がなかった。

こうしている間にも、多くの生徒が危険に晒され、職員たちが被害を最小限に抑えるために対応に追われているのだ。
早めの口調で、しかし鋭くしっかりとその一言を口にするゆずに、鏡が口の端を上げた。

「みなまで言わなくてもわかってる」

あくまでも軽い口振りの鏡を前に、ゆずの眉根は顰められる。
しかし、仮にも鏡は十二神将である。春虎たちとシェイバの力量の差を見分けられないはずがない。
的確な采配、及び判断ができなければ、十二神将として身を置く資格は与えられないのだから。

ゆずはその判断の才が鏡にも備わっていることを信じ、固い表情で彼に踵を返す。
一方の鏡は、そうしてすぐに中庭へ向かって駆けて行ったゆずの背中を見つめて、人知れずサングラスの奥で目を細めた。





――だがこのゆずの思惑とは裏腹に、まもなく鏡は『本物の鬼』と対峙することになる。





戦闘は思ったよりも深刻味を帯びていた。
ゆずが駆け付けたときには、すでに春虎や夏目、京子の姿はなく、荒れきった中庭に修祓しかかった霊災だけが残されていた。

どこに行った?

ゆずはすぐに走り出しながら思考を始めた。

中庭の戦闘で、おそらく春虎たちは大分ダメージを受けたはずだ。
そうすると、一旦退避して現状を立て直せる場所に向かったというのが妥当だろう。
この目黒支局内に限れば、比較的ここから近くその条件に当てはまる場所は――甲種呪術用のトレーニングルームしかない。

急がなければ、手遅れになる前に。
ゆずはありったけの呪力を足先に籠め、走るスピードをさらに上げた。





「……君の式神なんだから、君が死にかけたら、出てくるよね?」

どうやら彼は、夏目の式神北斗に固執しているようだった。
ゆずはトレーニングルームに着いた瞬間に聞こえたその言葉を受けて、躊躇うことなく、シェイバと春虎たちの間に身体を滑り込ませた。
「ゆずッ!」と驚いた、しかし少しの安心を滲ませた二人の声が耳に入る。
しかし、ゆずはそれを半ば聞いておらず、この一瞬のうちに状況判断をしていた。

トレーニングルームの崩れた外壁からは、第十三隊の祓魔官たちが立ち往生していた。
この場所には一般生徒たちも避難していたため、呪術を発動させることができないと見た。

帯剣していた刀を抜く。一度深呼吸をして、改めて身を引き締めた。
これは、今までの数々の事件と同じ、いや、それ以上の『本番』だ。気を抜くことは決して許されない。
シェイバは見覚えのない者の突然の乱入に、しばしその目を瞬いたが、すぐに、弄り甲斐のある玩具を見つけたかのように笑みを浮かべた。

「春虎様ッ!」

刹那、シェイバが動いた。
コンの叫ぶ声により、しかしいまだ彼の狙いが春虎及び夏目に固定されたままであるということに唇を噛む。
自分を避けて春虎たちに向かおうとする式神に、ゆずは吼えた。

「てめェの相手はこの俺だァアアア!!」

呪力を帯びて斬れ味を増した刃を一閃させる。
シェイバはもちろん、それを易々と跳んで避けたが、そんなことはすでに予想済みだった。
すぐさま特攻をしかけ、シェイバに斬りかかる。

夏目と春虎には、これ以上指一本触れさせやしない。
彼らを護るのは自身の役目だ。
自分は必要とあらば彼らの盾となり、刃となる、ある種の式なのだから。

「……面倒くさいなあ。呼ばないと無理ってことなのかな」

シェイバは面倒くさげな表情で吐き捨てる。
苛々しているのはご苦労だが、生憎思い通りにさせる気は毛頭ない。
冬児の投躑した錫杖が春虎の手に渡る。次の瞬間、夏目の呪術が完成した。

「朱雀! 玄武! 白虎! 勾陣! 南斗! 北斗! 三台! 玉女! 青龍!」

汎式呪術では最も基本的な九字切りである。

おそらくこの呪術でシェイバを怯ませ、自分たちはその隙に別の場所へ移動する算段だったのだろう。
現に光がシェイバの目を眩ませた。
しかし、それだけでは無理だ。そこまでこの式神は甘くない。

ゆずは少し前から鏡によるシェイバの制止に期待することをやめており、徹頭徹尾ここでシェイバを片づける気でいた。
一度距離を取っていた間合いを再び詰めて、攻撃をしかけようとする。が、

「ああぁぁああ! うっとうしい!」

まるで癇癪を起こした子どものように、シェイバが刀を振るった。
『髭切』の刀痕はトレーニングルームを縦横無尽に駆けた。
その一閃が部屋の一角に避難していた生徒たちへ向かう。
護符をタイミング悪く切らしていたゆずが舌打ちと同時に駆け出すよりも先に、夏目が護符を打つのが早かった。

しかしシェイバは姑息にもゆずがその目を逸らした一瞬の隙をついたのだった。

光で眩んでいるため、目は見えていないはずなのだが、ゆずの特異な霊気を察知したらしい。
ゆずが急速に迫る霊気に気付き、振り向いたときにはすでに刀を振り上げたシェイバが目の前まで来ており、間合いを取る暇もなかった。
やばい、と感じたと共に、このままでは死ぬ、という事実が頭を過る。


――死ぬ?


ゆずは無理やり体を捻り、刃とは反対の方向の床に転がる。
同時に、夏目か春虎が打った火行符がシェイバの刀に当たって霧散。
『髭切』はゆずの身体を掠めただけで空を切り、床に刺さった。

ゆずは即座に体勢を立て直し、いまだ臨戦態勢にあるシェイバを視認したが、彼はもうこちらを向いていなかった。

「やっと見つけた!」

ハッとしてすぐに立ち上がるも、足首と腕に激痛が走る。

自分のせいだ。自分のせいで、夏目と春虎が逃げ出す隙を無駄にしてしまった。
シェイバがついに夏目の存在をその視界に収め、にたり、と哂う。

ひとつの逡巡もなく『髭切』で、夏目に向かい一閃。


間に合わない。


痛みを堪え、呪力に乗り駆けだすが、その絶望の六文字がゆずと春虎を阻む。
夏目はシェイバの生み出した呪力の渦に、瞬く間に呑みこまれてその姿を消した。


▼ このあとゆずがマジギレして、シェイバと互角の剣術戦闘を繰り広げ、傍ら春虎は自らの殻を破り、夏目、ゆずと共に中庭へシェイバをおびき出し、あとは皆様が知っていらっしゃるような結末となります。というわけで今回はかなり戦闘シーンメインの長めのお話でした!
  2013/10/15(2013/10/19up)
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