東レイ-うば玉にたまずさ | ナノ
06 D-encounter

――陰陽塾にて行われた、蘆屋道満と思しき人物、通称『D』による『鴉羽織』強奪予告の対策会議。


そこには、塾長倉橋美代、呪捜部部長天海大善はもちろんのこと、祓魔官たちを束ねる司令室室長や祓魔局情報課課長たち重役や、十二神将、そして双角会担当であり『D』についても詳しい比良多も列席していた。しかしそこに、大友陣の姿はなく、その代わりのように波崎ゆずの姿があった。

ゆずはその集いの末席に腰を下ろし、天海の指示で滞りなく進行してゆく会議を鋭い視線で見つめていた。
少し離れたところに座っている木暮が、何か物言いたげな表情をしていたのがちらと見えたが、あえて口を出すことはせず、ただ黙している。


ゆずがこの重大な会議に出席することになったのは、大友の代役というのもそうだが、仮にも元十二神将であり、人知れず夜光の転生者である土御門夏目――及び土御門春虎――の監視をし続けていた人物であり、現在は封じられているとはいえ、以前その能力で夜光に会ったことのある数少ない人物でもあったためであった。

全体が見渡せる末席で、列席している全ての者に気を配り、一挙一動も逃すまいと神経を尖らせる。
ゆずは、この場に集う者が皆仲間だとは信じていなかったからだ。必ず誰か裏切り者がいると、そう疑ってかかっていた。少し前に双角会のスパイを洗い出した陰陽庁だが、まさかそれでスパイが消えまっさらな清い陰陽庁に戻ったとは思えなかった。そう簡単に全員洗い出せるようなら、そもそもスパイなど入り込んでいるはずがない。

陰陽界――呪術界は外側が固い世界だ。ただ、内から壊すのは容易い、という欠点があった。

……それは、今も昔も変わらない。





だがこの会議中に、結局ゆずは間者と判断できるような怪しき人物を見つけることはできなかった。

予告通りに蘆屋道満は明日、やってくるだろう。
それを手引きする裏切り者は、普通に考えていない方がおかしい。
皆あまりにも身内を信用しすぎている。やはり、以前のスパイ洗い出しで全て完了したと安心しきっているのか。ゆずは歯噛みした。

必ず、炙り出してやる。
陰陽庁を――特に、陰陽塾を戦場にして、ましてや犠牲者を出すような最悪の事態には絶対にさせない。

そう固く決意をして、会議室を出、廊下を歩きだした瞬間だった。


「……『裏切り者』は見つかったか?」


老成した、けれど溌剌としているこの声は天海だ。
まさか誰かに、それも元十二神将のよしみだとはいえ、天海に引き留められるとは思っておらず、加えて自分の思惑を悟られると予想していなかったゆずは、驚いた様子で振り向いた。
そんな彼に、天海はしわの数を増やしてにやりと笑った。

「ま、気付いたモンはおれくらいかとは思うが、ちとあれは、な」
「……そうですか、」

実のところをバラせば、ゆずはただ周囲に目を配っていただけではなく、索敵の術を発動させつつ、それを隠行で巧みに隠していたのだ。
しかし、信頼できる者を集めた今回の会議で、そのような行動に出ることは自らの組織を信用してませんと宣言しているようなものだ。

組織、というものはそこに所属する仲間を信じることで初めて成り立つものであるから、ゆずの行いは本来の組織に在り方からは離れている。
ゆずが頭を下げようとすると、天海が手で制した。

「いや、実はおれも『そう』思っていたところでな。前の掃討で全て掃けたとは考えておらん」

『鴉羽織』を死守する作戦を考えることが目的の会議で、『裏切り者』を探すとはとんだ的外れにもほどがあるが、直感的に蘆屋道満が陰陽塾にやってくると感じ取っているゆずだからこそ、それ以降の呪術界の展望が見えていた。
ゆずは言葉に出すことはなかったが、呪捜部として幾度も現場を乗り越えてきた天海はそれを感じ取ることができた。

「『そっち』はお前に任せる。『こっち』はそう心配せずとも、次の手は考えてある」

だからその『次の手』が何なのか心配だというのに、と顔をしかめたゆずに、天海はくっくっくと喉を鳴らした。
十二神将を退いてからもう随分と見ていなかった、ゆずの年長者にも容赦のない真っ直ぐな感情表現に、懐かしさを覚えたのだ。

「わかったわかった。何かあったときは知らせる。それでいいだろう?」

ゆずは不承不承頷き、一方の天海はそれを見て満足そうに笑んだ。





翌日の朝。

ゆずは春虎と並んで寄宿舎から塾舎へと歩いていた。
夏目は食欲がないと朝食を抜き先に塾に行ってしまい、一方の冬児は珍しく朝が遅かったので、普段と比較するとやけに静かな登校である。

昨日は会議のせいで眠りにつくのが遅かったため、ゆずはおのずと出てくるあくびを噛み殺しながら、視線を上げた。

梅雨入りした東京の、数少ない雨の降らない日だというのに、晴れ間はなくどんよりとした灰色の雲が空を覆い尽くしているだけだった。
その鈍い色は重苦しく垂れ込め、お世辞にも幸先がいいとは思えない天気である。

生ぬるい湿気を多分に含んだ風がのったりと肌を撫でていき、思わずゆずは「うへえ」と口をへの字に曲げた。

――ほんとやだよな、この天気。

彼の性格なら、いつもならそう返してくるのだが、今日はそれがない。
ゆずは隣の春虎を見やった。
彼はそんなゆずにも気付かず、難しい顔をしてなにやら考え込んでいる。

果たして何についてこんなにも考えているのか想像もつかなかったが、まあ春虎がこちらに相談してこないということはまだ一人で解決できる余地のある問題なのだろうと判断する。
ふと、隠行してはいたが、小さな式神コンが心配そうにおろおろして主を伺っている気配に気づき、わずかに口元を綻ばせた。

ゆずの脳裏には今日の対『D』作戦についての懸念が、まだこびりついたままだった。
しかしせめて、この天気の重く暗い雰囲気が今回の作戦に影響しないことを願いながら。


▼ 今回は会話が少ないシリアス気味(?)の落ち着いた話でした。
  天海さんの話し方がわからない今日この頃
  2013/10/11(2013/10/14up)
戻る
[ 5/13 ]
[*prev] [next#]
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -