東レイ-うば玉にたまずさ | ナノ
01 BeginningER

湿った風が、俺たちを撫でる。それは夏のある日のことだった。

俺こと波崎ゆずは、実はとんでもない経歴を持つ人間である。
いやほんとうに、自分で思ってみてもすごい。この世界に、これほどこんなふうになった人物はいないのではないかと思う。……まあ、それはさておき。

かくいう俺は今、なんやかんやで高校生をやっている。
様々な成り行きと決意の下、今俺の隣で暑苦しそうに歩いている高校の同級生の金髪(一部黒髪)の青年、土御門春虎や俺と春虎と一緒に歩いている阿刀冬児。
そして、今ここにはいないが同い年で親友の北斗と、眉目秀麗な春虎の幼馴染み夏目の傍にいることになった。

そういえば、夏目と出会ったときはたいそう敵対心むき出しにされたなあと、思いだして苦笑した。彼女は人一倍警戒心が強く、本当は弱いくせに一匹狼なふりをしているふしがある。ときたま見せる年相応の女の子らしい表情は、ドキリとさせられている。もっとも、夏目との付き合いは春虎ほどではないが。

――ところで。

今日も夏期補習。で、今はその帰り。もっと詳しく言うと、補習が終わりうどん屋で昼食を摂ったその後だ。店を出たらものすごい熱気が俺たちを襲う。太陽からの熱。アスファルトからの熱。上下の熱地獄に挟まれて、俺は今ほぼ死んだような目をしているだろう。
道路を挟んだ向かいには涼しげな緑が青々と茂る公園があり、その上には青く澄んだ空が広がっている。少しでも暑さを和らげてくれるその景色だけが救いだった。

「熱いし暑い……おい春虎。どうにかしてくれ」
「……おれだってあちーよ。お前こそどうにかしろ」
「夏だし仕方ないだろ」

とりあえず道路を渡って公園の木陰に移動する俺たちを誰が責められようか。
順に俺・春虎・冬児である。一人だけすました顔でいられる冬児は純粋にすごいと思う。
俺や春虎はもう汗だくで、制服を脱ぎ捨てたい気分だった。冬児が太めのヘアバンドを少しずらす。さすがに暑いらしい。

「まだ口ん中がカレえ」
「唐辛子のかけ過ぎ」
「あいかわらず運がないなあ春虎」

春虎は先程うどん屋で、うどんに唐辛子をちょちょいとかけようとしたら、カポッと蓋が外れたのだ。某魔術の禁書目録の主人公ほどではないが、こいつも運が相当悪い。何かに憑かれてるとしか思えない。十六にして死にかけた回数十二回だからな。運の悪さも伊達じゃねえ。

「これって絶対、先祖から続く祟りとか呪いだと思うんだよな」
「ああ。お前の血筋だと、いかにもありそうだ。なあ、ゆず」
「そうだよなぁ。ほんとに血統書付きでもいいほどだよ」

はあ、と疲れたような表情、しかし慣れた口調で言う春虎に皮肉気に応える冬児。俺も彼に同意する。

確かに冬児の言うとおり、春虎は大昔から続く由緒ある陰陽師の家の『分家』の息子だ。その家が土御門であり、先祖はあの安倍清明。
しかし現在となっては――第二次世界大戦中に土御門夜光が犯した失敗などにより――弱体化、とまではいかないが、あまり堂々と名家とまではいかないらしい。
その土御門を再興させるため、という理由もあって、才ある夏目が東京でがんばっているんだが……春虎も春虎だ。少しは心配してやればいいものを。いや、心配はしているか。ただ気まずい。それだけかもしれない。

まあともかく、夏目は『本家』の令嬢で、『霊』がしっかり見える体質『見鬼』だ。
それは陰陽師になるために必要不可欠(今では人工的にその体質にすることができるが)。
しかし春虎にはそれがない。
もともと分家でもあったので、春虎の両親も陰陽師への道を強制しなかった。その結果がこれである。春虎には望むだけ無駄な気がしてくる。ほんと、こいつって鈍いしなあ。色々と。

木漏れ日を見ながらそんなことを考えていると、

「さて……これからどうすっかな」

春虎がぼやいたと同時に、彼の携帯が鳴った。なんだこのタイミング。

「……北斗?」
「ああ北斗だ」
「ああ北斗か」

それぞれ三人でことなるニュアンスを紡ぎ、けれども暗黙の了解で何事もなかったかのように蝉の輪唱の中を歩き始める。

そのとき再び携帯が鳴る。今度は俺のだ。…………あれ?俺の?なんで?
ディスプレイを見る。

「…………北斗……」

多少げんなりした顔の俺に、ぽん、と慰めるように冬児が肩に手を置いてくれた。お前はいいやつだよ冬児……。

しかしやはりこれもスルーという名の無視をすることに決める。

「さてっ。これからどうする?金ないけど、ゲーセン行って涼むか?」

そこで春虎がそう仕切り直したが。

「……いや。生憎だが、無駄だった」

冬児の言うとおり、まさに無駄だった。携帯に出た方がよかったかもしれないなあ。
今更後悔しても、時すでに遅し。
後ろを振り返ると、噂の彼女が。

「このバカ虎とバカゆず!」
「ぐほっ」

元気さを実体化させたような声が背後から飛んで来たと思うと、直後にアスファルトを蹴る音がし、次に背中にひざ蹴りが飛んできた。だからこその「ぐほっ」だ。

「し、死ぬっ……」

肺と肋骨にに打撃を受け、思わず地面にしゃがみこみ、涙目でぜーぜー言っている
俺の背中をさする冬児。一方の春虎はボブカットの少女――北斗に首を絞められていた。阿呆だこいつ。

「バカ虎め! バカ虎め!」

春虎の髪をくしゃくしゃにしながら大声を上げる北斗。

「ええい、止めろっ。くっつくな。暑苦しいんだ、このオトコ女!」

「なにおー! 春虎こそ、ちょっと汗くさいじゃん。……ゆずは?」

「は? 俺?」
「くんくん」
「…………犬か、お前」

俺の体に顔を近づけてにおいを嗅ぐその仕草が、可愛くなかったといえば嘘になる。

「……春虎と違っていーにおい!石鹸のにおいがする!」
「おれとは違ってってなんだ、北斗ぉ……」

額に青筋を浮かび上がらせる春虎。彼は沸点が低い。それが玉に瑕な奴だ。

「え? 春虎からはちゃんとお出汁のにおいがするよ。うどん食べたの?」
「あ、ああ。まあそうだけど」
「この暑いのにうどんなんて、相変わらず春虎はどうかしてるよ」

北斗は呆れたような、それでいて可笑しそうに顔を綻ばせる。まるで少年のような振る舞いに口振り。それでも彼女は女の子だ。
……夏目同様、たまに少女らしい仕草を見せることがあるが……彼女の場合、それを自覚してる節があるから性質が悪い。そんな表情を見せられたら俺の頭が上がらないってことをわかってるんだからな。

「うどんをバカにするなっ。うどんは日本の偉大な――」
「ゆずと冬児は何食べた?」
「ざる」
「同じく」

冬児と俺は続いて答え、

「そっかーざるかー。冷たいから暑い夏にはぴったりだよね!
 それと比べてどっかの誰かさんは……」

「なんだ?! それはおれをバカにしてるのか!」
「そう聞こえるならそうなんじゃなーい?」

そう言って、弾けるように笑う。なんのしがらみもなさそうな笑顔。純粋に明るい笑顔。見ているこっちも自然と笑んでしまう。……っ。これだから北斗は。
そうして彼女は制服姿の俺たち三人をそれぞれ見やり、

「三人は今日も補習帰り? さすがはギリギリプリンスと赤点キング、サボリ・マスターだねー!」

俺が『ギリギリプリンス』だ。由来はまあ、いつも俺がすれすれのところで赤点を取ってしまうからだそうだ。……わざとなんだけどな。テストの点数は。そうでもしなきゃ春虎の傍にいられないから。……うわ。これなんかキモイ台詞だ。
残る『赤点キング』はもちろん春虎で、『サボリ・マスター』は冬児。

「うるせえ。お前こそ、こんなとこで何してたんだよ」

春虎の問いに、

「ん? 別に? 散歩してただけ」
「へえ……散歩……」

これは俺のつぶやきだ。……にしても、なるほどなあ。
一方の春虎は、あほらしげに

「この炎天下に散歩だと? どうかしてるのはお前のほうだろ」

「ふん! 補習組の、特にバカ虎には言われたくないもんね!」

威張って胸を張る北斗。確かに彼女は見かけのバカっぽさとは相反して、頭がいい。
春虎は悔しそうに顔を歪めた。
ちなみに、『バカ虎』っつーのは、北斗が発明した悪口だ。
『春の陽射しに骨抜きになって、腹を見せたままだらしなく寝そべる虎』というイメージらしく……それを聞いた時は思いっきり爆笑してしまった。
イメージがマジでぴったりすぎる。

すでに軽い口喧嘩も日常茶飯事となっている、そんな二人に冬児は、顔を合わせる度毎回こんなことをして飽きないのかと言いたげに呆れて息をつく。

「にしても。相変わらず鼻の利くやつだな。お前もさっきの中継見たんだろ?」
「うん。冬児も相変わらず鋭いね」
「ってことはいつものパターンか……」

俺は言葉を漏らし、ちらりと春虎のほうを見る。うわお。機嫌悪そうな見事な仏頂面。
しょうがねえなあ、と冬児が渋面をつくる。

「と・に・か・くッ! ぼくがわざわざ声をかけた用件はあとにして、まずは、ぼくの電話を黙殺した春虎に、ペナルティを払ってもらいます。さあ来い!」

「ちょ、おい! ゆずは?!」
「ゆずはゆずだからいーの! ね、ゆず!」
「おうともさ!」
「意味わかんねェ……」

渋る春虎の腕を掴み、持ち前の馬鹿力で彼を引っ張って走り出す。
おもしれーな、あいつら。ほんと見てて飽きない。
俺は、やれやれと片眉を上げた冬児と顔を見合わせ、一度笑いあってからゆっくりと二人のあとを追いかけた。


▼ 誰得ーな、あざのさん原作のラノベの夢小説!
  なぜか女主人公では考えられないという罠(笑)。
  ちなみに、これは一応notBLです!
  2010/05/31(2011/09/17up)
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