東レイ-うば玉にたまずさ | ナノ
04 PaStman

「大友先生も大変だねえ」


「! ゆず!」


大友が、木暮と鈴鹿を春虎と共に見送り、その後教員室に戻る途中での出来事だった。
前方の曲がり角に、何者かがもたれている気配がして反射的に身構えると、先程の声。
よく聞き知った、その女にしては低く、男にしては少し高めのアルトボイス――。
こちらを振り向いてにっと笑うその姿は、大友が受け持ち春虎や夏目たちと同じクラスの波崎ゆずだった。
彼ももともと田舎育ち。
春虎やその腐れ縁ともいうべき冬児と、昨年の夏まで陰陽師と一切関わりのない生活をしていた青年である。
――もっとも、それは表向きではあるが。


「……塾内では『波崎』、だろ?」


そうやって口の端を吊り上げる仕草は、いつ見ても頼もしいと大友は思う。
その頼もしさは、木暮に似ているものだったが、しかしどこか違うものだった。
それを大友は形容することはできない。


「――ああ、そうやったな」


まったく、こいつは昔から変われへんなあ。


口の中だけでそう呟いて、ゆずには別の言葉で返答する。


「さっき、木暮と鈴鹿……あと、春虎とも一緒にいたんだって?」


「……そうやけど……なんで波崎が知っとんねん」


上辺怪訝そうな顔をしてみたものの、こいつなら知っていてもおかしくないと、大友は半ば確信のような気持ちを抱いていた。


「まあ、ちょっとばったり会ってな」


木暮と鈴鹿は塾の裏口から出て行ったはずだ。
たとえ、裏口の出た所でかち合っていたとしても、自分の先回りをしてこの場にいられるのは、一般的に考えてあまりにも不自然だった。
それでも大友は、ゆずの力量なら致し方ない、ありえることだと内心頷く。
それくらいに、波崎ゆずという人間の陰陽術は素晴らしく長けているのだ。
今、この陰陽塾に塾生として通っていることすら、惜しい。
本来ならば、彼はここにいるべき者ではない。
本当は、十二神将として君臨すべき人間だ。
しかしゆずは、それを拒んだ。


『俺にはやらなきゃいけないことがある』


そう十一人の神将を前にして、はっきりと告げた日のことを、今でも大友は鮮明に覚えている。
頑なな意志を帯びた瞳。絶対に揺らぐことのない光。テコでも動かないそれを、大友たちはわかっていた。
そこらへんは、夏目くんとそっくりやなあと大友は思い出してひとりごちる。
ぽっかりと空いた、十二人目の神将の座。
ゆずが去ってから、そこに新たに腰を落ち着けたのは、大連寺鈴鹿だった。


ゆずの言う、『やらなきゃいけないこと』が何なのか。
どうしてゆずの体は、出会ったころから一行に成長しないのか。
なぜ高校生の体のまま止まったままなのかと、一度尋ねたことはあった。
だがゆずに、こちらを見ているはずなのに、そうではないどこか遠くを見つめるような目をされて。
何か遥か昔のことを、懐かしむような愛おしささえ感じる目をされてしまえば。
大友は、それ以来、その問いを口に出すことはできなかった。


「……それはともかく。俺からも改めて頼むよ、春虎たちのこと」


大友が様々なことを思い返しているうちに、ゆずは頭を下げていた。
人知れず我にかえり、ハッとした大友は、


「そんなん言われへんでもわかっとる」


と返す。


「そっか、それならよかった。……俺一人じゃあ、どうも面倒見きれなくてな」


苦笑するゆずを見て、十二神将だったあのころよりは、随分表情が見違えていることに気がついた。
何かが吹っ切れたような、そんなすがすがしく明るい顔を心なしかしているような。


「……変わったなあ、ゆず」


ぽつりと呟くと、「何か言ったか?」とゆずに疑問符を飛ばされたが、大友は「なんでもあらへん」と手をひらひら振って誤魔化した。


「ふうん」


そう相槌を打つゆずの頭上には、まだクエスチョンマークが健在で、その証拠に彼は不思議そうな顔をしていた。
これから、きっと夜光信者との戦いは激しくなるのだろう。
夏目を狙う者も過激化していき、それに否応なく自分達教師や陰陽師たちは巻き込まれていく。
その先頭を切って戦うのが、今目の前にいる波崎ゆずだといいと願う自分がいることに、大友は気づき、自らを叱咤する。
もうあのころのゆずはいないのだ。
彼には彼の、成すべきことがあるのだから。
これ以上、重荷を増やすわけにはいかなかった。


ゆずの成すべきこと。
そして、あのとき見せた現ではなく、遠くを見つめる瞳の理由。


それらにすら、薄々感づいていながらも、大友はいつものように、


「ほな途中まで一緒に行こか」


とへらり、笑うだけだった。


▼ 東京レイヴンズ4巻より。
2011/09/12
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