東レイ-うば玉にたまずさ | ナノ
10 My Dear

――星宿寺での一件が終わりを告げた、その翌日の昼下がり。ある一室でのことである。


「……夏目ちゃんのショートパンツ姿はあはあ」
「何言ってんですかあんた」
「えー、だって、見たかったんだもん」


真顔で『だもん』であった。
もう二十半ばの年齢の女性の台詞とは思えない。
ゆずが半眼になると、ソファに腰掛けた目の前の女性――早乙女涼は眠たげな眼差しのまま、こてんと首を傾けた。
ただ、童顔の彼女であるからこそ、かろうじて無理がないのかもしれない。
ゆずは通常運転のマイペースさに、苦笑を零した。

「ゆず君は、見なくてよかったの?」
「ショートパンツ姿ですか?」

間髪入れずにそう尋ね返すと、涼はむっとしたように顔を顰めた。どうやらご機嫌を損ねてしまったらしい。
実際にはゆずは涼の台詞の意図をわかっており、あえてそう応えたにすぎなかったのだが、このまま機嫌が直らなかったら直らなかったで、日常生活に支障を来しかねない。
今現在、ゆずを含む春虎一行の頼りとなっている人物は、彼女しかいないからである。

「わかってますよ。俺も、夏目には会いたかったし……。春虎と違って、会おうと思えば、会える。でも、」

ゆずは真っ直ぐに涼を見た。
それは、春虎たちが外出しているからこそ、言えることだった。

「春虎が一番最初に、夏目に会うべきだと思うんだ」

そうゆずの返答を聞いて、涼はやっぱりと溜息をついた。
ゆずはそんな彼女を見ても、その意見だけは変えるつもりはなかった。


――現在、ゆずは春虎とは別の意味で『行方不明』ということになっている。

指名手配されていない理由は定かではないが、陰陽庁によるなんらかの思惑が働いていることは確実だった。
一年前の泰山府君祭以降、表には顔を出さず、主に春虎たちを涼と共に裏からサポートすることに徹していたために、まことしやかに死亡説まで囁かれている。
もちろん、ゆずの『星』がまだ存在しているにもかかわらず、だ。

逆にいえば、そのような根も葉もない噂が流れるほど、ゆずに関する情報は春虎以上にないに等しい。またそれは、こちらの目算通りであった。

正直なところ、陰陽塾時代の同期たち……中でも、夏目に会いたい思いは強い。
それでも会ってしまったことで、一体どこでぼろが出てしまうか予測できない上、――春虎に対する引け目もあった。

立場や社会状況的に恋人にはなっていないものの、春虎は夏目と去年想いを通じ合わせたのだ。
互いに誰よりも会いたいと思っているはずである。
それを差し置いて、自分だけ先に会ってしまうなど、ゆずの信条としては言語道断なのだ。

己はとっくに、三年以上も前に失恋したのだから、なおさら。


「コン――飛車丸的には多少、複雑なのかもしれないけどさ。俺は春虎と夏目が、何のしがらみもなく会えるようにひたすら努力するだけだよ」

薄く微笑む。
涼は「そう」とだけ頷いた。もう何を言っても無駄だと判断したらしい。

少し動くとソファがぎしりと鳴る。換気扇が重低音を、時計がかちかちと時を刻む音を立てる。
テレビもラジオもついていない部屋では、何気なく過ごしているだけでは気付かない音にも、耳を澄ますことができた。
ふと。転々としているとはいえ、追われながらもこうして穏やかな生活ができるのは、一体いつまでだろうか、とゆずは思う。

一年。
もう一年が経った。

涼から視線を外し、ぼんやりとカーテンのかかる窓を眺めやった。

カーテンとガラスの向こうには、明るい光に満ちた世界が広がっている。ゆずは二年前の夏祭りからはじまり、一年前の花火大会で終わった在りし日を思い返す。
まるで遠い、遠い昔の出来事のようだった。白昼夢のごとき愛おしい日々だった。

そうしてひどく優しげな眼差しをして蒼穹の瞳を細めるゆずを、涼はやはり感情の希薄な表情のまま、その凪いだ目で静かに見つめていた。


▼ この話を書いたとき、春虎たちの潜伏先がわからなかったので、とりあえず『地上』ということにしてます。
  2013/10/24(2014/12/07up)
戻る
[ 13/13 ]
[*prev] [next#]
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -